意外すぎる鬼の返答に、凛はきょとんとしてしまう。鬼はそんな彼女に近づき、まっすぐに見つめる。

「確かに君の血は、俺にとってこの上ないくらい美味だろう。だけど、君は花嫁として俺に献上されたんだ。だから君は俺の最愛の花嫁だ。それ以外の何者でもない。大事な花嫁の血を吸うなど、あり得ないだろう?」

 さも当然のような言い方だった。

 一般的に花嫁とは、幸せの象徴だ。愛し合っている花婿と婚礼の儀をかわし、末永く愛を育み、大切にされる、というのが人間界でも通説である。しかし……。

「わ、私は花嫁は花嫁でも、生贄花嫁で」
「……人間界で君がどんな立場なのかは俺は知らない。だが俺は、今日自分の花嫁をもらい受けに来ただけだ。何度でも言う。君は俺の最愛の花嫁だ」

 強いが優しい視線をぶつけながら、鬼ははっきりと告げた。

「私が、最愛の花嫁……」

 予想外のことに、凛はただ戸惑うばかりだった。

 ――この人、本当に私の血を吸わないの? どうしよう。私の生きる役目は、今日で終わるはずだったのに。

 生きるしがらみからやっと解放されるつもりだった凛。しかしどうやら自分の命がまだ終わらないことになったらしく、困ってしまった。

「俺の名は伊吹(いぶき)だ。鬼の間では『伊吹童子(どうじ)』なんて呼ばれているけど、伊吹でいい」
「伊吹……」

 確か、広葉樹の種類のひとつの名前だ。爽やかで懐の深そうな名前だなと凛は思う。

「君は?」
「……凛、です」
「凛か、響きのよい名前だな。凛。今日から君と俺は夫婦だ」

 伊吹はそう言うと、彼女の顎にそっと手を添えて、頬に優しく口づけをした。