だが、先ほど彼が発していた威圧感はゼロだ。代わりにあったのは、()みるような穏やかさ。

「えっと、その……」

 ――さっきなんで私が寒がっていることに怒っていたのです? どうしてそんなに優しい顔をしているの? 私の血をこの後吸うんですよね?

 聞きたいことがたくさんありすぎて、言葉が出てこない。

「あ、もしかして俺を怖がっているのか?」

 口ごもる凛を見て、鬼はそう考えたようだった。合点がいったように苦笑を浮かべる。

「さっきのはちょっとした冗談だよ。あまりにも君が寒そうだったから、そんな仕打ちをした人間に怒ってしまっただけ」

「ちょっとした、冗談……」

 たぶんあの人たちは命じられた通りひと晩中土下座しているに違いないけど、と凛は思う。

 表向きではあやかしと人間は対等な立場だが、リアルでは違う。強いあやかしは弱い人間を搾取する立場だと、人間には遺伝子レベルで刻み込まれてしまっている。

「私の血は、いつ吸うのですか?」

 もっとも尋ねたかったことを、凛は静かに問う。

 なんなら、洞窟内で鬼の若殿に血を吸われて死ぬ、くらいの勢いで生贄花嫁の運命を考えていた。

 だからこんなふうに連れてこられ、優しい声をかけられては困ってしまう。だって自分は、この先のことなどまるで考えていなかったのだから。

 すると鬼は一瞬目を丸くした後、おかしそうに笑った。

「ははっ。そんなことするわけないだろう。しかし、俺たちはやはりまだ人間たちにそう思われているんだな。何気にショックだ。まあ実際に、あやかしの中でも人間を下等扱いする者は少なくないが……」

「え、違うのですか?」