それまでハラハラとした様子で事態を見守っていた他の高官や神職、凛の家族たちも、倣うように(ひざまず)いて頭を下げる。

 するとようやく若殿は高官から目を逸らし、凛の方を向いた。

 恐ろしい形相の般若の面が間近に見えて、凛は背筋を伸ばす。

 彼はなにも言わずに面の奥から凛をしばらく見た後、無言で彼女を抱きかかえた。

 初めて触れ合った鬼という存在。色打掛越しに感じる体温は意外にも温かい。

 自分の血を好物としているのだから、きっと恐ろしいほどに冷ややかな存在なのだろうと凛は思い込んでいた。

「そのままひと晩ひれ伏していろ」

 若殿は土下座している連中に冷淡な声でそう言い放つと、地を蹴った。そして凛を抱えたまま、疾風のごとく洞窟の中を駆けていく。

 凛が入ってきたのとは反対方向。そう、あやかしたちが住まう国へとつながる出口の方へと。

 目にも留まらぬ速さで若殿に運ばれていく凛。

 ――若殿は、『花嫁として娶るのだぞ』なんて話していたけれど、きっと人間たちがいる手前そう言っただけだよね。高官の言葉の通り、私はもう尽きる命なはず。どうして大切に扱わなかったって、真剣に怒っていたんだろう?

 そんな疑問を浮かべている間に、視界が急に開けた。

 洞窟を出た先は、青々とした木々が茂った森の中だった。洞窟の中よりは随分温かく、木々の枝の隙間から漏れる日の光が(まぶ)しい。

 若殿は凛を丁寧に地に下ろした。凛は色打掛の重さを感じながらも背筋を伸ばして彼と対峙(たいじ)した。

 ようやく般若の面を取った若殿の姿を前にして、凛は驚愕(きょうがく)し息を()む。