鬼が人体の中で好むのは夜血の乙女の血のみであり、それ以外は人間とほぼ同じ食生活を送っているというのが通説だ。

 しかし、人肉が好物のあやかしも多いため、少し前まではあやかしすべてが人を食らう存在だと考えられていた。

 だが現代では、小学校の教科書に『人を食らう種のあやかしとそうでない種がいる。また、あやかしが人を食べることは法律で禁止されている』と記されているほどだ。

「め、めっそうもございません!」

 政府の高官も、そのことはもちろん知っているはず。凛を『尽きる命』と表現したのは、夜血の乙女なのだから若殿に血を吸われて死ぬ存在だと見なしているからだろう。

 無論凛自身もそう思っているため、若殿の発言の方が意外だった。

 目を見開いて若殿を見るも、彼は相変わらず高官に般若の面を向けていた。

「鬼の花嫁をぞんざいに扱うなど、あってはならぬこと。あやかしと人間は友好な関係を近年では築いてきたはずだが」
「も、もちろんです! 今後も……」
「だが我らは、人間側からは粗末な扱いを受けているようだ。なに、構わん。そちらがその気なら、昔のような関係に戻しても我らは構わぬのだぞ」

 昔のような関係。それは、あやかしが人里に自由に下りてきて、思いのままに人を襲い、食らい、搾取する。

 あやかしにとっては恣意的な、人間にとっては恐怖の関係のことだ。

「粗末など……! めっそうもございません! 若殿さま、どうかお許しください」

 政府の高官は、勢いよくその場で土下座をした。

 いつもはテレビの中で尊大に振る舞っている彼がひれ伏す姿に、さすがに凛は呆気(あっけ)にとられてしまった。