――別に、顔なんてどうでもいいけれど。血を吸われるまでの付き合いなのだから。

 自身の天命をごく自然に受け入れている凛は、いっさい動じることなく若殿を見据えた。視界の隅には、若殿の登場に動揺している様子の家族たちがちらりと映る。

「なぜ俺の花嫁が寒がっておる」

 面をつけたまま、若殿は低い声でそう言った。透き通るような美声ながら、機嫌の悪そうな声色をまとっている。

「えっ……! あ、あの……」

 思ってもみないことを尋ねられたのか、政府高官は慌てた様子だった。

 鬼は凛に面を向けたまま、続ける。

「大事な夜血の乙女……花嫁だ。手がかじかんでいるではないか。こんなに寒い格好をさせて。大切に扱っていないのか?」

 ――え。寒いのは私が肌着を重ねるのを断ったせいなのだけど。

 若殿に嫌味をぶつけられた高官を哀れに思う凛。

『いえ、私自身のせいです』と口を開こうとしたが、その前に高官がうろたえた様子で弁明した。

「いえ、決してそういうわけでは! も、もう尽きる命ですし……」

 だよね、と凛も共感する。だが……。

「……なに?」

 若殿が、怒気のはらんだ声を上げる。

 目の前の事態を他人事のように思っていた凛ですら、その声の威圧感には一瞬身を震わせた。

 若殿は首をゆっくりと高官の方へ向けると、面の奥から静かな怒りを発する。

「俺が花嫁として(めと)るのだぞ。尽きる命とは? 鬼は人を食わないことを知らぬのか。まさか人間は、いまだにあやかしすべてが人を食らうという古臭い考えなのか?」

 若殿の言葉通り、鬼は人を食わない。