(余計なことを言うてしもた)

 こんな話を聞かされて、敦は困っているに違いない。「しょうもない話をしてかんにんどした。忘れておくれやす」と言おうと口を開きかけた時、

「紅華さん。探しましたよ!」

 名を呼ばれて、紅華は振り返った。息を切らせて駆け寄ってきたのは松本だ。

「松本様」

「どこへ行かれたのかと思いました。……そちらの方は?」

 松本はすぐに敦に目を向け、怪訝そうな顔をする。敦は、茶碗を置いて立ち上がると、

「京都帝国大学の鳥羽敦と申します」

 丁寧にお辞儀をした。

「帝大の学生が、なぜ紅華さんと? 紅華さん、もしやこの男に連れ回されていたのですか?」

 紅華は慌てて立ち上がり、語気が荒くなった松本に、

「違います。うちが酔っ払いに絡まれていたところを、助けてもろたんどす。うちが台湾館を見たいてわがまま言うたから、つきおうてくれたはったんどす」

 と、説明をする。

「そう……なんですか?」

 松本はまだ釈然としない様子だったが、

「紅華さんを助けてくれたことには感謝します。けれど、世間知らずの舞妓を連れ回すのは感心しない。すぐに保護者を探すべきだ」

 と、注意した。敦は既に、紅華が実は贔屓の旦那と博覧会に来ていたことを察しているのか、

「申し訳ありません。軽率でした」

 と、再び頭を下げた。松本はスーツの懐から財布を取り出すと、札を抜き取り、敦の手に握らせようとした。敦が慌てて、

「受け取れません」

 と、首を振る。

「いいから。紅華さんが世話になった礼だ」

「いいえ、受け取れません。そんなつもりで彼女を守ったわけじゃない」

 頑としてお金を受け取ろうとしない敦に、松本は不機嫌そうな顔をしたが、札を懐に戻すと、

「行きましょう、紅華さん」

 と、紅華の背に触れた。紅華は後ろ髪を引かれる思いで敦を振り返り、「おおきに」と会釈をした。敦も帽子を取り、紅華に会釈を返す。

(素敵なお方どした。きっともう、会えへんのやろね……)

 松本に導かれながら、紅華はどこか切ない気持ちで敦を想った。