敦がバナナを食べながら歩き出したので、紅華も慌てて隣に並ぶ。

(歩きながら食べるやなんて、お行儀が悪いけど、楽しおす)

 祇園でこんなことをしたら、すぐに噂になって、おかあさんやおねえさんに怒られるだろう。紅華は、まるで自分が不良になったような心持ちになり、ドキドキした。

 敦はバナナを食べ終わった紅華から皮を受け取ると、会場に設置されているくず入れへ捨てに行った。すぐそばに喫茶の店が出ていて、旗袍姿の少女たちがお茶を配っていた。一人の少女が紅華の持つちらしに気がつき、にこりと笑った。

「ドウゾ」

 差し出されたのは、小さな紙の袋。
 少女が、

「ウーロンチャデス。カオリヨク、コウフンスルコトモナイオチャデス」

 と、説明をし、

「プレゼント」

 紅華の手に袋を押しつける。反射的に受け取った紅華は、

「興奮せぇへんお茶どすか?」

 意味が分からず、小首を傾げた。敦が、

「烏龍茶には、緑茶のように、睡眠を妨げる成分が入っていないと聞いたことがあります。だから、興奮しないということなのでしょう」

 と、少女の説明を補足した。

(物知りなお方やなぁ)

 紅華が感心したまなざしを向けると、敦は紅華が戸惑っていると思ったのか、

「ちらしを持ってきた人へ進呈しているのでしょう。もらっておきましょう」

 と、すすめた。

「おおきに」

 少女に礼を言って、烏龍茶を手提げに入れる。

「外国には、うちの知らへんもんが、ぎょうさんあるんどすなぁ」

 感心した口調で思わず漏らすと、

「そうですね。鎖国の時代が終わって、海外と交流するようになって、日本にも様々なものが入ってくるようになりましたが、世界は広い。我々が見たことのないものが、まだたくさんあるのでしょう。ここを出たら、隣の朝鮮館にも行ってみましょうか?」

 敦は微笑みながら紅華を誘った。紅華は「へえ」と答え、

(鳥羽様と一緒にいたら、楽しおすなぁ)

 敦の整った顔を見つめながら、そう思った。