「見ていましたよ。あなた方が、お酒を飲んだ千鳥足で、この子に体当たりをしたところ」

「なんやと。難癖付ける気か」

 語気を荒げた男に、青年は、

「幼い舞妓に言い掛かりを付けるなんて、大人の男として格好悪いと思いませんか。事を荒立てる気はないので、このまま去って下さい」

 と、落ち着いた声音で説得をした。
 いつの間にか、紅華たちは衆人の注目を集めていた。そのことに気がついたのか、男たちが舌打ちをし、背中を向けて去って行く。

「やれやれ、困った大人たちだ」

 呆れたような溜め息が聞こえ、紅華は青年を見上げた。涼やかな目元には品があり、鼻筋は高く、唇は薄い。髪と瞳は茶色がかっている。

(お綺麗な方やなぁ)

 日本人離れした美貌に驚いていると、青年が紅華の視線に気がついた。自分がずっと紅華の肩を抱いていたことを思い出したのか、慌てて手を離し、

「失礼。お嬢さん」

 と、帽子を取って頭を下げた。

「助けてくれはって、おおきに。うちは、祇園町の紅華どす」

 紅華も丁寧に頭を下げて名乗ると、青年はやや頬を赤らめ、

「私は鳥羽敦(とばあつし)といいます。京都帝国大学の学生です」

 と、答えた。

「鳥羽様……」

(帝大の学生さんやなんて、立派な方やなぁ)

 帝大生は「末は博士か大臣か」と言われ、将来有望として、お金がなくとも「出世払い」のツケで遊ぶことが可能なお茶屋もあるぐらいだ。 

「紅華さんは、お一人ですか?」

 舞妓が一人で博覧会に来たのかと、不思議そうな顔をした敦に、紅華は、

「旦那はんと……」

 と、言いかけ、慌てて口をつぐんだ。

「へえ。一人どす。一人でこないな場所に来るのは初めてで、迷うてました」

 思わずついた嘘に、敦は、

「そうでしたか」

 と、疑った様子もなく頷いた。

「あの、もし、ご迷惑やあらへんかったら、案内してくれはりませんか?」

 紅華は上目遣いで敦にお願いをした。敦が驚いた表情を浮かべる。

「案内? 私がですか?」

「へえ。一人で来たはええけど、右も左も分からんと、困ってましてん」

 心底、困っているという様子を出してみせると、敦は紅華に同情したのか、

「それなら、僭越ながら、お付き合い致します」

 と、微笑んだ。そして、紅華が握りしめていたちらしに目を留め、

「台湾館が気になるのですか?」

 と、問いかけてきた。

「先程、そちらの娘はんより、いただきました」

 旗袍姿の少女を指差すと、敦は、

「台湾から来た素人娘だそうですよ。可愛らしいですよね」

 と、少女に目を向けた。

「入ってみましょうか」

「へえ」

 紅華は浮き立つ気持ちで、歩き出した敦の後を追った。