松本は魅力的な紳士だが、少し風流に欠けるところがある。客の中には、舞妓と一緒に踊ったり、鼓を打ったりする粋な紳士もいるが、松本はそういったことは苦手のようだった。宴席でも、仕事の話や政治の話などをすることが多く、紅華が今ひとつ松本に魅力を感じないのは、そういった無粋な部分のためだった。

 会場内をうろうろしているうち、人の流れに乗せられて、紅華はいつの間にか、建物の外へと出てしまっていた。

(二人とすっかりはぐれてしもた)

 慌てて建物の中に戻ろうとした紅華は、

「オネエサン、ドウゾ」

 片言の日本語で話しかけられ、振り返った。旗袍(チイパオ)を来た少女が、紅華にちらしを差し出している。

「へえ、おおきに」

 反射的に手を出し、ちらしを受け取って見ると、「台湾館 烏龍茶進呈」と書かれている。

「台湾館……? あそこどっしゃろか」

 機械館の前に、赤い旗が立つ西洋風の建物が建っている。先程の少女と同じ旗袍を着た少女たちが、一生懸命呼び込みをしていた。

(どないな展示をしてはるんやろか)

 近づいてみようと歩き出した紅華は、ふいに誰かにドンとぶつかられ、よろめいた。重心が崩れ、地面に尻餅をつく。

「どこ見て歩いてんねん! 前見て歩かんかい!」

 いきなり怒鳴られ、目を丸くして見返すと、赤ら顔の男性が二人、紅華を見下ろしていた。

「ぶつかって来はったのは、そっちやおへんか」

 気丈に言い返すと、男の一人が「なんやと」と鼻白んだが、もう一人が、

「待てや。もしかして嬢ちゃん、舞妓か?」

 と、紅華に好色な視線を向けた。

「どこの妓や? 祇園か? 上七軒か?」

「そらええわ。ちょっと付き合うてんか」

 男の一人に腕を握られそうになり、紅華は慌てて立ち上がった。

「かんにんしておくれやす」

「ぶつかってきた詫びや。もてなしてくれや」

 下品な笑い声を上げて、男性が再度紅華に手を伸ばした。今度こそ腕をつかまれそうになり、紅華がぎゅっと目をつぶった時、

「この子にぶつかったのは、そちらでしょう」

 凜とした声が聞こえ、紅華の肩が引き寄せられた。驚いて目を開けると、学生服姿の青年が、紅華のそばに立っていた。