遠い目をした華子に、美千代はよく分かっていないような顔で、「ふぅん」と言った。

「それにしても、昔は水揚げなんてものがあったんやね。今もあるの?」

「今はそんなことしたら大問題や」

「良かった。うち、初めては、好きな人とがええもん」

 夢見るようなひ孫を見て、華子は、昔、自分が水揚げした時のことを思った。

(好きな人と、か……)

「うちも、敦さんが良かったわ……」

 小さな声でつぶやいたら、美千代が振り向き、

「大おばあちゃん、なんか言った?」

 と小首を傾げた。

「なんも。――美千代、信号が青に変わったえ。渡ろか。ほんで平安神宮さんに行って、美千代の修行がうまくいくようにお祈りしよか」

「うん!」

 美千代が横断歩道の白線に足を伸ばした。歩みがゆっくりな華子を気遣いながら渡っていく。
 美千代はこの春から祇園の置屋へ入り、舞妓修行をすることになっている。

「美千代はきっと、人気の舞妓はんになるわ。うちがそうやったさかい」

 華子が太鼓判を押すと、

「大おばあちゃんの若い頃の写真、めっちゃ綺麗やもんね。うちも、そうなれるように頑張るわ」

 美千代は「まかせて」と言うように、明るい笑顔を浮かべた。

《了》