紅華が敦と出会ってから半月後、万国博覧会は大盛況のうちに閉会した。
 あの日、松本は、紅華と小絲を連れて祇園へと帰ると、そのままお茶屋に入り、宴会を開いた。何か思うところがあったのか、松本は一日二人を拘束し、他にも舞妓芸妓を呼んで遊ぶと、夜はそのまま雑魚寝(じゃこね)に入った。雑魚寝とは、舞妓芸妓と遊んだ後、そのまま一つの部屋で、皆で寝ることをさす。色っぽいことは厳禁。舞妓たちの中には、同年代の女の子同士で集まり、お喋りができる良い機会だと、雑魚寝を楽しみにする者もいる。

 今夜は満月が美しい。紅華はお座敷へと向かい、オコボを鳴らして、石畳の道を歩いていた。今日のお座敷は、松本ではないと聞いている。

 お茶屋に入ると、女将さんに、

「おかあさん、今夜も、よろしゅうおたの申します」

 と、挨拶をする。先に来ていた小絲とお喋りをしていると、芸妓の松千代(まつちよ)、まめ(きち)が来て、

「松千代さんおねえさん、まめ吉さんおねえさん、よろしゅうおたの申します」

 と、再び頭を下げる。

 四人でしばらく待っていると、表がガヤガヤと賑やかになった。女将が気がついて腰を上げ、町家の戸を開け、今夜の客を出迎える。先にお客が座敷に入った後、舞妓と芸妓が呼ばれて、二階へと上がった。襖を開けて挨拶をしようとして、紅華は息をのんだ。そこにいたのは、半月前に万国博覧会会場で出会った、敦だった。

 あの日と同じ学生服姿の敦は、紅華を見て驚いた顔をしている。敦の他には、初老の男性が二人、敦と同じ学生服姿の青年が二人。初老の男性は萩谷(はぎや)篠田(しのだ)といい、帝大の教授なのだそうだ。今夜は自分たちの教え子を連れて遊びに来たのだと言った。

 松千代とまめ吉が萩谷と篠田にお酌をし、話をしている間、紅華と小絲は地方(じかた)が引く三味線の音色に合わせて舞った。紅華は、自分の一挙手一投足に、敦が視線を注いでいるのを感じていた。