お昼休み、早めにお弁当を食べ終えた私たちは翔ちゃんのクラスへ向かった。
 階が一つ上がるだけなのに、そこは未知の世界が広がっているようで警戒心を壁のように張り巡らせた。

「なんか緊張しちゃうね」
「う、うん」

 硬直したようないつもと違う声の香穂は、私の背後で腕をぎゅっと握り締めながらぴったりとくっついていた。

「翔平、今日飯どーすんの?」

 翔ちゃんの名前が廊下に響いた。一気に緊張は加速する。どきどきしながら声のする方へ顔を向けると、廊下の向こう側から歩いてこちらへ向かっていた。

「──あっ、翔ちゃん!」

 私は嬉しくなり、思わず声を上げる。

 すると、その声に翔ちゃんの視線がちら、と向いた。「あ」その瞬間、口がわずかに開いた。
 だけど、今までのような笑顔付きではなかった。

「翔ちゃん!」

 そばまで駆け寄ると、香穂も慌ててあとを追って来る足音がパタパタと小さく鳴る。

「……美菜、なんでいるの?」

 声が水を張ったかのように静かだった。

「翔ちゃんに会いに来たの!」

 できることなら〝彼女を見に来た〟と大声で叫びたかった。そうすれば、牽制もできると思ったからだ。
 だけど、それはやめた。
 ここは三階で、私の居場所ではない。だからここで場を荒立てるのは何か違った。

「会いに来たって美菜、おまえなぁ……」

 呆れたように頭を抱えて、苦い笑みを浮かべる。

 今までなら『どうした?』って笑いかけてくれたのに、今は違う。私のことを鬱陶しそうにしているみたい。

 ──チクリ、胸の中を棘のようなものが刺さる。

「なぁなぁ、翔平! この可愛い子、誰?!」

 しばしの静寂のあと、翔ちゃんの隣にいたお友達がはしゃぎだす。無邪気な、見ているこちらの胸に日が射すようなあどけない笑みを浮かべて、私と翔ちゃんを交互に見つめる。
 そんな彼に「はあ…」面倒くさそうにため息をついたあと。