「明日香さん」

 不意に私が声をかけると、ビクッと肩を跳ねさせて「はいっ…!」かしこまった返事をする彼女。

 どうやら明日香さんは、最後までその調子らしい。

「翔ちゃんのことちゃんと幸せにしてあげてくださいね」
「う、うん!」
「それと、あの約束破ったら、絶対に許しませんからね!」
「もっ、もちろん……!」

 首を何度も縦に振る。

 その言葉を聞いて安心した私は、笑った。

 そうしたら明日香さんも、私につられて微笑んだ。

 ……笑うとすごく可愛くなる。いや、違うか。翔ちゃんの隣にいると、すごく輝いて見えるのか。それだけ恋のパワーは偉大なんだ。

 恋は盲目とか言うけど、たしかにその通り。私、ずっと翔ちゃんのことしか見えてなかった。
 だからこれからは、もっとたくさん周りに目を向けてみよう。

 もしたらきっと、明るい未来が待っているはず。

「なぁ、あの約束ってなに?」

 一人理解できていない翔ちゃんが困惑しながら私たちに尋ねてくる。

 私と明日香さんは、顔を見合わせた。

「あ、えっと、それは……」

 誤魔化そうとするが言葉が出てこないのか、金魚のように口をパクパクさせて顔を赤く染める明日香さん。

「なぁ、美菜。どういうこと?」

 明日香さんが制御不能なのを悟り、私に尋ねる翔ちゃん。

「教えてあげなーい!」

 初めて、翔ちゃんに反抗した私。

 きっとこれが最初で最後だ。

 最後くらい意地悪したっていいでしょ。

「じゃあ私、帰るね!」

 べーっと舌を出して、笑ったあと、「バイバイ」二人に向かって手を振った。

 もう思い残すことはない。

 私の初恋に、別れを告げた。