つい先日、聞いたことのある声と姿だった。
「ほんとにごめんね」
再度謝ると、私にシャープペンを手向ける。目を白黒させながら「え、あ…」それを受け取る。目の前にいる女の人のシャツには私とは違う色の刺繍がついていた。
この人、翔ちゃんの……
「誰かに用事があったのかな?」
「あ、えっと、しょう……」
翔ちゃんと言いかけて、口を結んだ。
なんだかそれを口にすると、ただの幼馴染みの関係が色濃くなるような気がしたから。
だってこの人は、翔ちゃんのこと〝翔平くん〟って、翔ちゃんは〝明日香〟って呼び合ってる。仲睦まじい記憶が、手繰り寄せられる。
チクリと胸が痛んだ。
「誰かに用事あるなら私、呼んで来るよ」
……どうしよう。どうしよう。どうしよう。今だけはちょっと会いたくなかった。
俯いてきゅっと下唇を軽く噛んだ。
不意打ちの遭遇に頭の中は白く抜け落ちているようだ。
「それとも私の勘違いだったかな」
さらに言葉が追加され、え、と困惑して私が固まっていると、苦い笑みを浮かべて「うあー、もうまた私やっちゃったよ…」何かに取り憑かれたようにひとりごとを漏らす。
狐につままれたようにきょとんとしていると。
「いきなり声かけちゃってごめんね。じゃあ、私行くね……!」
顔を赤面させながらぱちんっと両手を合わせたあと踵を返す。
「──あのっ! 待ってください」
突然、私の口からこぼれ落ちた声。
それに驚いて、え、と目を白黒させて固まる翔ちゃんの彼女……と、自分自身に困惑する私。
「どうしたの?」
どうして引き止めちゃったんだろう。私、べつに話すことなんてないのに……
「あ、えっと、その……」
急速に口の中は乾いてカラカラになる。
緊張して鼓動は全力疾走する。
翔ちゃんの彼女だなんて認めてない。そんなの一生認めるわけない……
だけど、向き合ってみたら何かが変わったりするのかな。
「──少しだけ時間ありますか?」
歯の隙間から言葉を搾り出すように告げると、固まっていた翔ちゃんの彼女は「うん、大丈夫だよ」と微笑んだ。