それからシャープペンを返せない日が続いた。またあの光景を目撃してしまったらと怖かったからだ。が、さすがに翔ちゃんも困るだろうと思って勇気を振り絞り三階にあがる。

「うーん、でもなぁ……」

 だけど、教室まで行く勇気はなかった。階段横の壁からひょっこり顔だけを覗かせたり引っ込めたりを繰り返し、翔ちゃんの教室を確認する。
 そんな私を不審がって通りすがりの先輩たちは、ちらちらと私を見ながら過ぎてゆく。

 自分が置かれている状況が今、どんな感じなのか頭の中で再生すると、誰かに想いを寄せて会いに来たのは明白に見えた。それが少しだけ居心地悪く感じて身を縮める。

 ……うわー、もうっ、早くタイミング良く翔ちゃん通らないかな。……いやでも、今会ったらどんな顔すればいいのかな。この前顔が引き攣ってて可愛くないって香穂に言われちゃったし……翔ちゃんに会いたいけど会うのが怖いし……

 ここへ来る前にトイレの鏡で自分の顔を確認してきた。口元をニーっと広げて笑って映る自分は、全然ブサイクなんかじゃなかったし……うん、大丈夫大丈夫。私は、可愛い。自分に暗示をかけていると。

「──もしかして誰かに用事かな?」

 なんの脈絡もなく突然、背後から見知らぬ人の声がして驚いた私は「ひゃっ…!」声を漏らしながらシャープペンを落としてしまう。

 あっ、翔ちゃんに借りたものなのに……!

 それなのに緊張して身体はカチコチに固まっていて、身動き一つできなかった。

「ご、ごめんね!」

 慌てたように謝ったあと、私の代わりに落ちたシャープペンをかがんで拾う。視界に映り込んだのは、女の人だった。その瞬間、カセットテープがキュルルルと音を立てて頭の中の記憶を遡る。