私が見たほんの一部だけでは、明日香さんがどんな人か分からない。たしかにその通りだ。
 もっと私と同じように意地の悪い人だったり、苦手なタイプだったらはっきりと嫌いだって言い切れたかもしれないのに。
 だけど、どうしても翔ちゃんの彼女だと認めるのは嫌だった。

「……それでも、やだ。翔ちゃんの隣は、私の居場所だもん」

 翔ちゃんに返せなかったシャープペンを握りしめながら、胸の奥で大切な暗号を呟くように言葉を繰り返す。

「美菜は、これからもそうやって苦しそうな顔をして過ごすつもり?」
「……え?」
「最近の美菜、倉田先輩に会いに行くときもずっと苦しそう」

 突飛なことを告げられて、ぽかんと固まる。

 ……私の顔が苦しそう?

 それって。

「……私、笑ってないってこと?」
 
 そんなまさか。だって、大好きな翔ちゃんに会いに行くときは、私いつもニコニコしてるはずだもん。今までだってそうだったのに。

「笑ってるけどなんていうか、無理やり笑顔にしてるっていうか、いつもの美菜らしくないし、せっかくの可愛い笑顔が台無しになってる感じがするんだよね」

 一気に詰め寄るような勢いで飛び出した言葉は、私の心に釘を打ち込んだ。

「笑顔が台無し……」

 どうやら私はブサイクになっているらしい。

「美菜がそれで幸せならべつにいいんだよ。美菜がやりたいようにするのが一番だって松村くんが言ってたし。もちろんそれを私は止めたりしない。だって美菜が納得できないと後悔が残るだろうし」

 淡々とまくし立てたあと「でもさ」と声を落としたあと。

「ずっとそうやって過ごしていくのってなんかもったいないなぁって私は思うんだよね。だって、人生って一度きりなんだよ。高校生活なんて替えが効かないんだよ。それなのに彼女のこと納得できないまま倉田先輩のこと追いかけて、それでずーっと過ごしてて果たしてそれが幸せって言えるのかなぁ」

 そう言って眉尻が下がった香穂の表情は、太陽が雲間に入ったように曇った。

 たしかに高校生活は、三年きり。替えだって効かないし、時を戻すことだってできない。一日一日を大切に過ごすしかない。

 だけど、自分の幸せは自分で決める。
誰かに決められて幸せになれるわけじゃない。

「……私の幸せは、翔ちゃんといることで叶うんだもん」

 昔も今も、そしてこれからも翔ちゃんと一緒に過ごすことが〝幸せ〟だと思っていた。もちろんそれ以外にはないと思っていた。これからもそれは永遠に続くのだと思って疑わなかった。

 香穂の言葉がやけに頭にこびりついて、私の心をひどく動揺させた。

 窓から見える空は、こんなにも爽快なのに私の心だけが曇り空だった──。