「私が負けるはずないのに……」

 あんなに素朴だけのような人に。

 怒りと屈辱で頭が熱く腫れ上がるように痛い。

「そっかぁ……」

 細い糸のように呟いた香穂。

「でもさ、明日香さんの一部しか見てないのに勝ったって決めつけるのは違うんじゃないかなぁ」

 突飛な言葉が香穂の口から落ちて、困惑した私は、え、と目を白黒させる。

「たしかに美菜は可愛いと思うよ。中学の頃だってモテてたし、それは私も理解できる。だけど、明日香さんの一部しか見ずに勝ったって決めるのはまだ早い気がする」

 一言一句を丁寧に慎重に息でくるむように紡いだ。

 香穂はきっと私の味方だ、勝手にそう思っていたのに彼女の口から告げられた言葉は全くの想定外だった。

「美菜、彼女のことで頭がいっぱいになってるから仕方ないことかもしれないけど、その明日香さんを選んだのは倉田先輩なんだよ?」

 香穂の言葉の調子は、槍の穂先のような鋭さだった。
 聞いた私も思わずハッとした。

 ……そうだ。翔ちゃんが選んだ人だ。

「で、でも……」

 だからといって、それを素直に受け入れられるほど私はまだ人間できていなかった。

「そりゃあね、美菜の気持ちも分かるよ。大好きな倉田先輩をとられた。その悲しみは計り知れないだろうし……でもさ、彼女と一緒にいた倉田先輩どうだった? 幸せそうじゃなかった?」

 まくし立てられるように告げられた言葉の半分も頭に入ってこなかったけれど、最後の〝幸せそうじゃなかった?〟の部分だけやけに頭にこびりつく。

 その瞬間、音を立てて記憶が逆再生される。

 ──〝一緒にカフェ行かない?〟
 ──〝えっ、ほんとに?! いいの?〟
 ──〝俺も明日香と一緒に行ってみたいし〟
 ──〝やったぁ、嬉しい〟

 頭の中に浮かぶ二人は、満面の笑みだった。

「それは……」

 思わず口ごもる。