「お待たせ」

 しばらくしてすぐに翔ちゃんが戻って来た。「ほらこれ」シャープペンを私へと手向けられる。黒色の胴が細めのシャープペン。これを見てすぐにカセットテープが記憶を遡る。見覚えがあったのは、翔ちゃんが高校一年生の頃から使っていて、私に受験勉強を教えてくれるときがこれだった。翔ちゃんは物持ちがよくて、気に入ったものは長期に渡り使用する。

「あ、ありがとう……」

 翔ちゃんがこれいつも使ってるんだよね。なんだか少しだけ近づけた気分で嬉しくなると、頬は少しだけ緩む。

 ……あれ、でもこれ、翔ちゃんがよく使ってたシャープペン。だけどこれ以外のものを一度も見たことがない。

「翔ちゃんはどうするの?」
「ん?」
「だってこれ……一つしか持って来てないんじゃ…」

 不安がよぎって顔が青ざめてくる。が、そんな不安も杞憂に終わる。

「適当に誰かに借りるから大丈夫」

 と、陽だまりのように微笑んだ。

 〝誰か〟と聞いて瞬時に頭の中に浮かんだのは、彼女だった。

「……もしかして」

 咄嗟に口まで出かかった。

「どうした?」
「……う、ううん、なんでもない」

 私が発言したことによってそれを肯定されてしまえば、私の心のダメージははるかに高いだろう。

「じゃあそろそろ教室戻るな」

 私に軽く手を振ると、踵を返そうとした──

「あのっ! 翔ちゃん……」

 私の声にピタリと動きが止まる。

 彼女ができたと宣言されてから何度も尋ねようと思った。
 だけど、できなかった。怖くて。

 自分自身、〝それ〟を受け入れたくなかったから現実から目を逸らしてばかりだった。もちろん今だって受け入れてはいない。

「……翔ちゃんは、ほんとに彼女いるの?」

 ゴクリと固唾を飲んだあと、歯の隙間から振り絞るように呟いた。

 緊張のせいで手汗が滲む。どきどきと心は全力疾走。

「いるよ、ちゃんと」

 そう言って、穏やかに柔らかに微笑んだ。

 その瞬間、心にチクリと棘が刺さる。その棘は、魚の骨のように抜けなくて傷を抉り続ける。

「そ、そっか……」

 たまらなく苦しくて、思わず翔ちゃんのシャープペンをきゅっと握りしめる。

 どうか嘘であってほしいと思った。願った。

 十年以上翔ちゃんのそばにいるのは私なの。だから、翔ちゃんの隣にいるのは私じゃなきゃおかしい。嫉妬と不安がどろどろと絡み合い、お腹の真ん中で渦を巻いている。

 これ以上ここにいたら私、きっと笑うことできなくなっちゃう。

「じ、じゃあ、これ借りて行くね。ありがとう…!」

 口早にそう告げると、翔ちゃんの顔を見ないまま私はその場をあとにした。