「筆箱忘れるとか美菜、アホなの?」

 沈黙が重苦しく強固に、壁のように続いたあと、私をアホ呼ばわりする翔ちゃんは口元を緩めた。
 くすくす笑いではなくて、胸のあたりから笑いが込み上げてくる感覚のように、くっくっくっと引き笑いをしたのだ。

「……あ、アホ?」
「あー、いや、アホじゃなくてド天然だったよな。天然っていうかいわば才能みたいな? 中学でもテストの回答欄一つずつズレて記入するくらいだったらしいもんな」

 その言葉を聞いて私の黒歴史とも呼べる苦い思い出が、急速に手繰り寄せられて顔から火の出るような思いをする。

「ちょっと、翔ちゃん! それ、いい加減忘れてって言ったじゃん……っ!」
「いや、それは無理でしょ。俺、それ聞いてさすが美菜だなって笑ったの覚えてるし。まぁそれ以外にも色々美菜がドジしたことたくさんあるけどね」

 からかうような口調で告げたあと、「あーほんと懐かしい」と口元に弧を描いた翔ちゃん。

 その表情を見て、どきりと胸が早鐘を鳴らす。

「美菜がこの学校に受かったのも奇跡だもんなぁ」

 急にしみじみと記憶を思い出しながら微笑む。

「美菜、五教科とも苦手だったわけだし。それに途中で受験投げ出しそうになったし」

 いたずらっ子のような目つきで私を見下ろすから、「うっ……」図星を突かれた私は、たまらなく恥ずかしくなって目を逸らす。

「それで美菜のおばさんに何度泣きつかれたことか」

 たしかに私は、勉強が苦手だった。いや、それを通り越してもはや嫌いだった。国語は文章問題で主人公の心情を述べよ、なんて問いがあったら全く関係ない答えを書いちゃって先生が呆れてたこともあったし、社会では昔の偉人たちの名前が覚えられなくて同じ名前をたくさんの記入欄に書いたこともあった。数学なんて、XとかYとか言われても、意味不明。何を求めたらいいのかさっぱりだった。
 とにかく勉強が大嫌いだったのだ。

 それでも最後まで投げ出さなかったのは、翔ちゃんと同じこの学校へ通いたかったからだ。翔ちゃんと登校する日を夢見ていた。