翔ちゃんのことを諦めないと断言してから数日後、私はまた三階へやって来た。もちろん緊張という名の友達を背中に背負って。階段横の壁から顔だけを覗かせる。
「……何してるの」
突然背後から声がしてビクッと肩が上がる。振り向かなくても誰か、なんてそんなのすぐに見当がついた。
「や、やあ、久しぶり翔ちゃん」
この間のあれ以来、翔ちゃんの顔を面と見ることができなかった私は、鼻辺りに焦点を合わせる。
「久しぶりって……なんでそんな隠れて向こう見てたの?」
「えっ、あーそれは、ちょっと……ゴニョゴニョ……」
翔ちゃんを待ち伏せしていた、なんて口が裂けても絶対に言えない。慌てて、口を覆った。
「ふーん? まぁ、べつにいいけどさ。早く戻らないと授業始まるよ」
私の話なんてつまらなくて興味がないとでも言いたげな言葉が落ちる。今までこんなふうに思ったことなかったのに、頭の中でマイナス言語に変換されてしまうようになった。
そのせいで、またチクリと胸に棘が刺さる。
「気をつけて帰りなよ」
そう言うと、私の隣を通り過ぎようとする。
「あのっ、翔ちゃん……!」
左腕のシャツをぎゅっと掴んだ。行ってしまわないように。
「美菜、どうした?」
困惑しているような声が落ちる。
翔ちゃんのシャツをさらにぎゅっと握りしめる。このままなんて絶対に嫌だもん。だって翔ちゃんの隣は、私の居場所なの……
「シャープペン貸してほしいの!」
顔をあげた私の口からは、突飛な言葉がこぼれ落ちた。
「……シャーペン?」
きっと誰よりも驚いたのは自分自身だった。
「あ、えっと……うん、そうなの。あのね、今日筆箱一式忘れちゃったみたいで…!」
言葉巧みに嘘を取り繕うが、やや表情は引き攣っているように頬が固まっているようだ。
なぜならば、ついさっきあった国語の授業では、赤や緑、青など重要点においては色を変えるなど工夫を施したのだ。