全部、私の心の中にはない答えだ。

「身を引くってことは、松村くんは自分の気持ちは伝えないの……?」

 一瞬、ぽかんと固まったあと口元に弧を描いた。

「好きな子に彼氏がいるって知ったら伝える勇気はないからさ。実は俺、結構弱虫なんだよね」

 薄く張った水のように恥じらいがほんのりと浮かんでいるようだった。

「まぁでもこれは俺たちの考えだから、山下さんが俺たちと同じにしないといけないわけじゃないんだけどね」

 仕切り直したように表情が少し真剣になる。

「山下さんはこれからどうしたい?」

 好きな人に幸せになってほしいからといって身を引くのが、果たして正しいのか。納得できないからと諦めないのが正しいのか。一体どちらが正解なんだろう。

「……私は、やっぱり諦めたくない」

 心に儚に影が住みついたようにモヤモヤして気分が晴れない。

「だってこんなに好きなんだもん……」

 きっと世界中の誰よりも、翔ちゃんのことが好きな自信がある。

「一方的に負けを認めるなんて絶対にいや…!」

 胸の中にある正体不明な不可解な黒い感情が、じんじんと音を立てて湧き上がる。

「そっか、うん。山下さんがそう決めたならそれでいいと思う」

 胸の奥で大切な暗号を呟くように言葉を紡いだ。

「山下さんがもう限界だと思うそのときまで、倉田先輩のこと追いかけていいと思う」
「ちょ、松村くん、それじゃあ美菜が…」
「だって今、俺たちがとやかく言ったって本人はきっと納得しない。まだ山下さんの心に先輩に対する想いがあるうちは、絶対に」

 自信を持って断言するように、一言一句に力を込めてはっきりと言う。

「だから今は山下さんのやりたいようにするのが一番いいんじゃないかな」

 私のことを肯定してくれるような言葉を言ってくれる松村くん。

 私、まだ諦めないでいいんだ。翔ちゃんのこと追いかけていいんだ、そう思うと嬉しくて、今すぐにでも飛んで行きたいくらい翔ちゃんに会いたくてなる。

「でもさ、山下さん。これだけは言っておくけど──」そう前置きをすると、急に笑顔はなくなった。まるで顔に悲しみと喜びが、影と日向のように変わるがわる現れるように。

「最後、どうなっても何があっても絶対に自分で選択した道を後悔しないこと」

 声が水を張ったかのように静かだった。

「えっ……? それってどういう……」

 松村くんに尋ねるけれど、結局意味は最後まで教えてもらえなかった──。