教室の私たちの周りに落ちた沈黙は息苦しく、深い悲しみと怒りに満ちていた。

「……うん、そっか」

 寂しげな声が落ちる。
 松村くんの顔は、まるで私の心とリンクしているような表情を浮かべていた。

「好きな人にいきなり彼女ができても納得なんてできないよね」

 声は極めて優しくて、調子は温かで、あたかもそっと柔らかに抱きしめられているような気持ちになって怒りに満ちていた心は少しだけブレーキをかけて弱まった。

「でもさ、好きな人には幸せになってほしいって思ったりしない?」

 突如、対照的な言葉が落ちてきて困惑した私は目を白黒させてぽかんと固まる。

「たしかに好きな人に彼女ができたらショックだよね。俺だって多分、かなり落ち込むと思う。でもさ、それと同時に自分の好きな人には幸せになってほしいなって思うんだよね」

 一言一句を慎重に丁寧に紡ぐ。

 〝自分の好きな人には幸せになってほしいなって思うんだよね〟

 たしかにそれはそうかもしれないけど。でもそれって……

「……じゃあ松村くんは好きな人に彼氏ができたら諦めるの?」
「諦めるっていう言葉はちょっと違うかなぁ。その人の幸せを願って身を引くっていうか」
「諦めると身を引くって一緒じゃないの?」
「意味は同じに捉えがちだけど、俺にとっては
ちょっと違うというか……まぁ意味の捉え方は人それぞれかもね」

 〝諦める〟と〝身を引く〟は違うの? 私にとってほとんど同じに聞こえるけど。

「私も山下くんの考え寄りかなぁ」

 静かに見守っていた香穂が軽く手をあげる。

「……え、香穂も?」

 私は、面食らってぽかんとする。

「うん。あ、でもね、告白は一応するよ。自分の気持ちに区切りをつけるために。身を引くとは少し違うかもしれないけど、納得できないとか諦めないとかはないかな。そういう意味では私も松村くんの考え寄りかなぁって思ったんだよね」

 まくし立てられるように告げられた言葉は、全部私とは対照的なもので、飲み込むのを躊躇ってしまった。