「えっと、だから……翔ちゃんに彼女ができたっていう……」
「翔ちゃん?」
「あ、えっと、翔ちゃんってのは二年にいる倉田翔平のことなんだけど……」
久しぶりにフルネームで翔ちゃんのことを呼んだら、少しだけ胸がどきどきした。
「あー、倉田先輩! たしかにかっこいいって有名だよねぇ。俺も何度か見かけたことあるけど、あれは男でも惚れるレベル」
何年も前からの知り合いのような気さくな口調でまくし立てる。
「男でも惚れる……?」
まさか松村くん、翔ちゃんのこと……
「──あっ、言っておくけど恋愛的な意味じゃないよ? ただ憧れみたいなものだから」
私の心を読み解いたかのように告げられる。
「あ、ああ、なるほど……!」
頭に浮かんだ嫌な考えを慌てて投げ捨てた。
「それで倉田先輩の彼女って誰なの?」
「それがまだ分かってなくて……」
「そっかぁ」
数日前に一度、三階へ上がって彼女を見ようと意気込んだけど失敗に終わった。さらには、徹底的に打ちのめされた感じだ。
そのトラウトもあって、あれ以来三階へは行けていなかった。
「だけど美菜、まだ彼女がいることも納得できてないんだって。それに奪い返すって言ってるし」
今まで静かに聞いていた香穂が、一気に詰め寄るような勢いで言葉を落とす。
「納得できてないってのは?」
「だって翔ちゃんから言われたの急だったから……それにまだ彼女も見たことないし…」
「じゃあ奪い返すってのは?」
ぽっと出の人間に翔ちゃんをとられてしまうなんてそんなの……
「……納得なんかできるわけないよ」
歯の隙間から言葉を絞り出す。
「だって……ずっと好きだったんだもん。翔ちゃんのこと好きになって十年以上……私は、翔ちゃんだけを追いかけてきた。それなのに……急に現れた人に翔ちゃんを奪われるなんて、そんなの納得できるわけない……!」
車のギアが上がるように、どんどん口が滑らかになる。