「アン、ちょっと手伝って。」

アンはリビングの一角を占拠して、
今日も石磨きに精を出しています。

母のティナも姉のエリカも外出していて、
ビビはひとり、夕食の支度を買って出ました。

「なにこれ?」

「ギョウザって知らない?」

「知ってるぞ。この皮に、ひき肉を包む料理。
 ジャオズゥ、シウマイ、チュェン・ジュァン、
 シャオロンパオ。」

「ギョウザだよ。」

「ジャオザ。ギョウザ。」

アンはビビをマネて復唱しました。

小さな器に入った水を皮に半周だけ付け、
スプーンで取ったタネを包んでヒダを作ります。

「こんな感じ。」

「難しそうだ。
 サターン・ジャオズはもっとカンタンだった。」

「サターン・ギョウザ? 土星?」

「そう。丸くて輪っかがある。カンタンだぞ。
 わがはいが作ってみせよう。」

アンはすぐに言って作りました。

団子状のタネを皮の真ん中に置き、
円形の2枚の皮で挟んだだけです。

「これ。あとはスチーム。」

「蒸すの? カンタンだ。」

大きなタネで丸く膨らんだギョウザは、
たしかに土星のような形をしています。

ボールに入ったタネの隣に、
小さな器と異なるタネがあります。

「ビビ、こっちのは?」

「それは黒曜のごはん。」

黒曜はエリカが買った
階段付きの専用イスに座って、
ジッとこちらの様子を見ています。

ときおり口の端からよだれがこぼれ出ます。

「失敗してもいっぱいあるから大丈夫。」

タネはボールにふたつ。
皮もいっぱいあります。

「身体はもういい? 熱中症。」

「平気だ。
 宇宙だとこんなことなかった。」

「外、毎日暑いもんね。
 日傘と帽子が必要だよ。」

以前、ガレージで熱中症になりかけたアンは、
いまではリビングで毎日、石磨きをしています。

アンはビビの手本をマネて
さっそくギョウザを包む作業に取り掛かります。
大きな手で細かなヒダを作ることに苦労します。

「見本の通りにできなくても、
 最初は2・3回くらいでやっていいんだよ。
 じゃないと手の熱でタネの鮮度が下がるからね。
 はい、こんなのとか。」

波打つヒダとは別に、
ヒダを一切折らずに作った皮の端を繋げて、
小さな花のような形をつくりだしました。

「形を統一するのは焼きやすくするだけだから。」

「分かったぞ。ビビは器用だな。」

「そうかな。」

「オムライスもよかった。」

「おじいちゃんの?
 そりゃおじいちゃんはプロだから。
 プロのシェフ。」

料亭の板前だった祖父、
ダンテのオムライスを思い浮かべます。

「違う。絵の。」

「絵? そう? アンだって上手かったよ。」

図工の授業でアンはソーダアイスを描いたので、
ビビはそれをマネてオムライスを描きました。
テーマは『将来』でしたが。

「それで、あたしちょっと考えたんだけど。」

「なにを? 晩ごはん?」

「晩ごはんはギョウザだよ。
 そうじゃなくて。
 あたしの将来。」

「シェフ?」

「板前にはならないよ。
 あたしは体力がないし。
 むかし、胸の病気して、
 長時間運動ができないの。
 板前は体力が必要なんだって。
 それにあたしは知らない人に
 料理作るのなんて、たぶんできない。」

「ビビはすごい器用だな。」

アンの作った歪なギョウザの乱れた列に比べ、
ビビのギョウザの列はヒダが細かく丁寧です。

「あたし褒めてもなにも出ないよ。」

「ご褒美はアイス?」

「まだ。みんなで晩ごはん食べたらね。」

「まだか。」

「あとさ。本を読むのは好きだけど、
 読んだ数を競ったりしてるわけじゃないし、
 自分で書きたいわけでないし…。」

窓の外が一瞬、パッと光りました。

アンが目を皿にします。

激しい轟音の後で、
空気の振動が窓ガラスを揺らしました。

黒曜はイスを飛び降り、
ケージの中に飛び込みます。

「なんだ? パーティか?」

「カミナリだよ。」

「カミナリ。なにそれ。」

「えーっと、雲の水の粒がぶつかって
 電気が出て、それが空気の中を走るんだよ。」

皮に触れた粉だらけの手をこすって説明すると、
また外が光り、激しい雷鳴が響きます。

「おぉ、ザップ! サンダー。これが?」

「そうそう。」

アンは窓の外の景色に夢中です。

「宇宙にカミナリってないの?」

「うむ。ライブは初めてだ。
 これは地球調査の重大任務!」

「そうなんだ。ねぇ、手伝ってよ。」

「いまちょっと忙しい。」

タブレットを取り出し、
次のカミナリが来るのを待ち構えます。

「アイスないよ…。」

ビビのつぶやきに、
アンはカミナリに逃げた黒曜よりも驚いて、
ギョウザを包む作業に戻ります。

タブレットは黒曜のケージの上で、
しばらくカミナリを待っていました。