坂の頂上で、ぼくらはそこに広がる景色に目を奪われ、思わず足を止めていた。

 坂を上りきったぼくらを迎えてくれたのは、ようやく姿を見せた朝日だった。見慣れた光景のはずなのに、今のぼくたちにはそれがあまりに美しく思えて、さくらもぼくも自転車を降りて少しの間、見とれていた。

「あのさ、ハル。私、ふと思ったんだけど」

 ふいにさくらが言った。その思ったことというのが、何か自分の中でおかしいことだったのか、くすくすとかすかな含み笑いのようなものを見せながら。

「何?」

 ぼくはさくらの横顔に目を移しながら、尋ねた。

「笑わないでよ?」

 恥ずかしそうにもったいぶって、でもさくらはおかしそうに笑っていた。

「笑わないよ、別に」

 ぼくはきっぱりと、そう言った。するとさくらはぼくの方を向き直り、

「……この世界が、私たちのためにあるみたい」

 さくらは小さくこぼすように言った。おかしそうに、でも少しだけ、寂しそうに。

 ぼくはそれを聞いて、本当にそうなんじゃないかと思ってしまった。この街には多くの人が住んでいて、太陽の光と共に今日の一日が始まろうとしているけれど、その始まりの光が、音が、空気が、まるでぼくたち二人を祝福してくれているように感じたのだ。

「ねぇ、ハル」

 少し強い口調で、さくらがぼくの名前を呼んだ。

「何?」
「約束しようよ。またここで会おうって。そしたら私、きっとがんばれると思う」

 さくらは力強い表情を浮かべていた。ぼくは少しだけ、ほっとする。

「うん、わかった。約束する」
「……ありがとう」

 ぼくは再び自転車に乗った。さくらもゆっくりと、後ろに乗る。

 自転車は長い下り坂を走り出す。視界の先に、もう駅の姿が見えていた。急な下り坂だから、スピードはどんどん上がっていく。ぼくは安全のために、本音を言えばもう少しゆっくりとこの坂を下りたくて、ブレーキをかけて速度を落とした。車輪にかかる圧力。限界を超えてしまっているのか、ブレーキを握るたびにキィキィと甲高い声を上げる。

 嫌な音。ぼくには、その声がまるで近づく別れを予感して悲しく思うぼくの心を表しているようにも思えた。嫌な声で、無駄に甲高くて、けれどぼくはそれをずっと聞いていられたらいいと願う。少なくともこの音が聞こえている間は、ずっとこの坂道を下り続けていられるから。さくらを後ろに乗せて、このままずっと。

 駅は、もう目の前に見えていた。