「え?」

 ぼくは思わず、聞き返していた。

 驚きはしたが、ぼくはちゃんとその言葉の意味を考えていた。『ほんとは』、つまり、親友としてでも、幼なじみとしてでもなく?

 ぼくは答えに詰まった。ぼくは親友としてさくらのことを何でも知っているけど、この問いだけは、どんな答えなら自分に正直でありながら、さくらの期待にそえられるのかわからなかった。

 ぼくは何かを求めるように、さくらの方を振り向いた。そうしたら―

 さくらと、目が合った。

「え……?」

 いつからかわからないが、さくらはぼくよりも先に、後ろを、つまりぼくの方を振り向いていたらしい。思わぬカウンターを受けたような気分で戸惑うぼくを見て、さくらはくすっと笑った。そして一瞬だけ、真剣な表情を見せると、すぐに柔らかい笑みを浮かべて、彼女が口を開く。

「私は、好きだったよ、ハルのこと」

 その言葉で、ぼくは教えられた。ぼくはさくらのことを全て知っているわけではなかった。さくらのその気持ちだけはちっとも知らなかったから、ぼくはさっき答えることができなかったんだと、思う。けど、今は、何だかすっきりした。

「ぼくも、好きだと思う、さくらのこと」

 もう迷うことのない、ぼくの正真正銘の答え。

 さくらは嬉しそうに、泣きそうな顔をした。

 ぼくらはそれからもう少し、昔の話をした。ぼくらの話は尽きることはなかった。だってぼくらには、十年分の昔話がある。

 日がほとんど沈んでしまって、そろそろ終わりの時間が近づいていることを知る。ぼくらがずっと作り続けていた物語が、今日を最後のページにして、完成する。それがどんな終わり方でも。

「そろそろ時間だね。帰らなきゃ」

 名残惜しそうにさくらが言った。

「どんな終わり方にする?」

 ぼくがそう尋ねると、さくらは少しだけ考えて、

「キスでもする? さよならの」

 冗談か本気かわからない様子で、そう言った。

 ぼくはさくらの目を見た。さくらも、ぼくの目を見ていた。

 そして、二人同時に吹き出すように笑った。

「まだ早いかな」
「うん」

 ぼくはうなずいた。

「じゃあ、ぎゅうって抱き合う?」
「それも早いよ」

 そう言って、また二人で笑った。

「じゃあ、しっかりと握手で」
「うん」

 ぼくたちは同時に立ちあがり、ジャングルジムのてっぺんで、しっかりと、お互いの手を握った。

「元気でね、ハル」
「頑張って、さくら」
「電話するね」
「ぼくもするよ」
「メッセもする。既読スルーとか、やめてよ?」
「気をつけるよ」
「返信は、できれば文章がいいな。スタンプとかばかりじゃなくて」
「……努力するよ」
「また……いろんなこと、話そうね」
「うん」

 ゆっくりと、手を離した。

 ぼくはジャングルジムの一つ下の段に足をかけ、そこから一気に地面まで飛び下りた。たん、という地面の固い感触。少しだけ、足がしびれた。

「ねぇ、ハル」

 さくらがジャングルジムを下りながら、言った。彼女は一段ずつ足をかけ、ゆっくりと下りてくる。

「何?」
「私、次に会う時までに、もっといい女になっちゃうよ?」

 無邪気な笑顔を浮かべて、さくらはそう言った。

「そう」

 ぼくは素っ気なく、答えた。

「ハルは? もっといい男になる?」

 さくらの足が、地面につく。

「ぼくは……」

 ぼくは、少し考えた。だけど、さくらの顔を見て、答えを決めた。

「やっぱいいや。このまんまで」

 それを聞いて、さくらはくすっと笑った。

「そうだね。私、もっといい男のハルよりも、今のままのハルの方が好きだよ」
「そう」

 ぼくは満足げに、うなずいた。

 ここから家まで歩いて五分。

 ゆっくり歩けば、十分かけて帰れる。

 ぼくらはまた昔の話をしながら、その十分の家路を歩きだした。