駅に着いてさくらを降ろすと、ぼくは自転車を駅の近くの線路沿いに張られたフェンスの側に停めた。
駅に戻ると、券売機の前でさくらが待っていた。キップは、まだ買っていないらしい。
ぼくらは隣同士の券売機で、一緒にキップを買った。ぼくはお金を入れて、ボタンを押す時にちら、とさくらの方を見た。さくらは空港までの、千円以上するキップを買っている。だけどぼくが買ったのは、たかだか百円ちょっとの入場券だ。
駅の構内にもまだ人の姿はほとんどない。始発電車はもう動いているようだったけど、やけに閑散としていて、ぼくらの他は駅員さんぐらいしか見当たらない。
さくらが自動改札機の方へ歩いていくのに合わせて、ぼくもその後を追った。隣同士の自動改札機を抜けようと、同じタイミングでキップを投入しようとしたその時。
さくらが何かに気づいたように足を止めた。後ずさりするように足を引いたかと思うと、その改札機ではなく、一番端っこの、他の改札機に比べて幅の広いところを通っていた。
そうか、さくらの背負っている旅行カバンが大きくて、他の改札機では通るのに苦労するんだ。そう気づいて納得したけれど、それがよけいにぼくを寂しくさせた。
改札機を抜けてホームに出ても、電車が来るまではまだ時間があるようだったから、ぼくらはベンチに座って待つことにした。ホームにも、他に人の姿は見えない。
「疲れた?」
さくらがぼくの顔を覗きこむようにして、そう尋ねてくる。
「うん、ちょっと。でももう大丈夫」
坂を上りきった時にはうっすらかいていた汗も、もう乾いていた。
「ほんとに上りきっちゃったね」
さくらは感心したように言った。
「だから、いけるって言ったでしょ」
ぼくは勝ち誇ったように答える。
「私、重くなかった?」
「別に。重くないよ」
ぼくは首を振って否定した。むしろ、さくらが後ろに乗っていなかったら、ぼくはあの坂を上りきれてはいなかったと思う。
「ほんとにありがと。ハル、すごかったよ。私、全然疲れてない」
「そう。だったらよかった」
「うん……」
それからしばらく、ぼくらの間には何も言葉が現れなかった。互いに目を合わせることもなく、ただじっと線路とその向こう側の景色を眺めていた。空白の会話に包まれているその間に、気まずい空気がぼくらに流れているということもなかった。時間が止まっているかのように。
ただぼくは、やりつくしてしまった気がした。ぼくにできることはもうなくて、時間だけが余ってしまったような、でも本当はやれることをまだ必死に探していて、だけどもう動けなくなっているような、どうしようもなくやるせない気分。
もうゴールテープは切ってしまったのかな。後は勝手に時間が来て、自動的に終わるのを待つしかないのかな。そんな空虚さを感じる。
ぼくはさくらの横顔を見る気にはなれなかった。いっそこのまま目を閉じてしまいたい。この処理できない気持ちが、どこかに消えてくれることを願って。
でも、その時。
「ねぇ、ハル」
空白をようやく文字で埋めたのはさくらの呼ぶ声だった。一瞬にして時間を取り戻し、ぼくはさくらの顔を見ようとしたのか、無意識に彼女の方に目を向けた。さくらの時間は、ずっと動いていたんだろうか。
「どうしたの?」
ぼくは尋ねた。
「昨日からずっと話してて、いつもよりいっぱい話したね。だから、もう話すこと、なくなっちゃったね」
さくらは少し、残念そうに笑っていた。
「そうだね」
ぼくも、そう思う。
「けど私、あとひとつだけ、もう一度だけどうしても言っておきたいこと、あるの」
「何?」
さくらの目がぼくに向けられた。その目はほんのちょっとも揺らぐことはなくて、真っ直ぐにぼくを見つめていた。そして、これ以上ないほど優しく温かな笑顔で、さくらは言った。
「私、ハルと出会えてよかった。ほんとに、大好きだよ」
駅に戻ると、券売機の前でさくらが待っていた。キップは、まだ買っていないらしい。
ぼくらは隣同士の券売機で、一緒にキップを買った。ぼくはお金を入れて、ボタンを押す時にちら、とさくらの方を見た。さくらは空港までの、千円以上するキップを買っている。だけどぼくが買ったのは、たかだか百円ちょっとの入場券だ。
駅の構内にもまだ人の姿はほとんどない。始発電車はもう動いているようだったけど、やけに閑散としていて、ぼくらの他は駅員さんぐらいしか見当たらない。
さくらが自動改札機の方へ歩いていくのに合わせて、ぼくもその後を追った。隣同士の自動改札機を抜けようと、同じタイミングでキップを投入しようとしたその時。
さくらが何かに気づいたように足を止めた。後ずさりするように足を引いたかと思うと、その改札機ではなく、一番端っこの、他の改札機に比べて幅の広いところを通っていた。
そうか、さくらの背負っている旅行カバンが大きくて、他の改札機では通るのに苦労するんだ。そう気づいて納得したけれど、それがよけいにぼくを寂しくさせた。
改札機を抜けてホームに出ても、電車が来るまではまだ時間があるようだったから、ぼくらはベンチに座って待つことにした。ホームにも、他に人の姿は見えない。
「疲れた?」
さくらがぼくの顔を覗きこむようにして、そう尋ねてくる。
「うん、ちょっと。でももう大丈夫」
坂を上りきった時にはうっすらかいていた汗も、もう乾いていた。
「ほんとに上りきっちゃったね」
さくらは感心したように言った。
「だから、いけるって言ったでしょ」
ぼくは勝ち誇ったように答える。
「私、重くなかった?」
「別に。重くないよ」
ぼくは首を振って否定した。むしろ、さくらが後ろに乗っていなかったら、ぼくはあの坂を上りきれてはいなかったと思う。
「ほんとにありがと。ハル、すごかったよ。私、全然疲れてない」
「そう。だったらよかった」
「うん……」
それからしばらく、ぼくらの間には何も言葉が現れなかった。互いに目を合わせることもなく、ただじっと線路とその向こう側の景色を眺めていた。空白の会話に包まれているその間に、気まずい空気がぼくらに流れているということもなかった。時間が止まっているかのように。
ただぼくは、やりつくしてしまった気がした。ぼくにできることはもうなくて、時間だけが余ってしまったような、でも本当はやれることをまだ必死に探していて、だけどもう動けなくなっているような、どうしようもなくやるせない気分。
もうゴールテープは切ってしまったのかな。後は勝手に時間が来て、自動的に終わるのを待つしかないのかな。そんな空虚さを感じる。
ぼくはさくらの横顔を見る気にはなれなかった。いっそこのまま目を閉じてしまいたい。この処理できない気持ちが、どこかに消えてくれることを願って。
でも、その時。
「ねぇ、ハル」
空白をようやく文字で埋めたのはさくらの呼ぶ声だった。一瞬にして時間を取り戻し、ぼくはさくらの顔を見ようとしたのか、無意識に彼女の方に目を向けた。さくらの時間は、ずっと動いていたんだろうか。
「どうしたの?」
ぼくは尋ねた。
「昨日からずっと話してて、いつもよりいっぱい話したね。だから、もう話すこと、なくなっちゃったね」
さくらは少し、残念そうに笑っていた。
「そうだね」
ぼくも、そう思う。
「けど私、あとひとつだけ、もう一度だけどうしても言っておきたいこと、あるの」
「何?」
さくらの目がぼくに向けられた。その目はほんのちょっとも揺らぐことはなくて、真っ直ぐにぼくを見つめていた。そして、これ以上ないほど優しく温かな笑顔で、さくらは言った。
「私、ハルと出会えてよかった。ほんとに、大好きだよ」