「──なんてね」

 不意をついたようにおどけて笑った栞里。

「ごめんね、変なこと話しちゃって!」

 ペロッと舌を出して、両手をぱちんっと合わせる。

「なんかこの海に来ると懐かしい思い出とか記憶が全部浮かんで……それに幹太くん、話しやすいから勝手に口がしゃべっちゃう」

 苦い笑みを浮かべたあと口元に弧を描いた。

 いつもの笑顔ではなく無理をしているようだった。おそらく俺に気を遣っているんだろう。

 踏み込んでいいのか分からない。これ以上話したくないのかもしれない。
 だけど、俺は栞里の全てを知りたかった。

 ──なんて独りよがりにしか過ぎないのだけれど。

「栞里も悩んだりするんだね」

 俺が尋ねると、一瞬驚いた表情を浮かべたあと「当然だよ」少し口元が緩む。

「だって私も人間なんだもん。ふつうに悩むことたくさんあるよ……まぁでも今より昔の方がすごく悩んでたと思うけどね」

 苦い笑みを浮かべて、足元に落ちていた小石を蹴った。

「そんなに悩んでたの?」
「まぁね。でも、過去に縛られて後悔するのなんてまっぴらごめんだもん! だから仕方ないって受け止めて前を向いたんだ」

 そうしていつものようにひまわりのように明るく笑った。

 海から流れてくる穏やかな潮風が、栞里のワンピースをひらひらと揺らし通り過ぎる。

「強いなぁ……」

 思わず口をついて出た。

「全然、そんなことないんだよ」
「え?」
「私だってほんとはね──…」

 口を開いて何かを言おうとしたが、言葉は出てこなかった。

「ううん、なんでもない」

 代わりに目を伏せて首を振ったあと、嬉しそうな悲しそうな表情を浮かべて笑ったあと「ただ……」重たい口をゆっくりと開いた。

「過去は誰にも変えられないし時を戻すこともできない。あのときこうすればよかったとか、ああすればよかったとか思うことはたくさんあるけど、過去に縛られて動けないまま後悔するよりも後悔を受け入れて前に進むしかないんじゃないかなって思うの」

 一言一句丁寧に言葉を紡ぐ。まるで物語を作るように。

 〝過去は変えられないし、時を戻すこともできない〟

 ──たしかに、その通りだ。

 もしもそれが可能な世界なら俺はとっくにそうしてる。母さんが病気になる前に時を戻してる。
 だけど、この世界にそんな力を持っている人間なんてどこにもいない。