病院を出てバスでの帰り途中「幹太くん、寄り道しよっか」栞里の提案に俺たちは海沿いでバスを降りた。
「ごめんなさい…! せっかくの休みの日なのに俺の私情なんかに付き合わせてしまって……」
俺は深く頭を下げた。
「幹太くんが謝ることないよ」
「いや、でも……」
「幹太くんのお母さんすごく優しい人だったね。お話しできて嬉しかった」
栞里の口から溢れる言葉に驚いて顔を上げる。
「親って子どものことを気にかけるでしょ。だからね、お母さんってこういう感じだったなぁってすごく懐かしくなったというか、いろいろ思い出しちゃった」
ひまわりが咲いたように、表情が緩む。
〝……懐かしく、思い出した……〟?
「あの…さ…」
「なあに?」
ほんとに聞いてもいいのだろうか。人には言いたくないことの一つや二つは当たり前だ。
「……なんでもない」
俺は怖くて聞けなかった。
「変な幹太くん!」
そうしたら栞里は笑って、海岸を歩いた。
海岸を二人で歩く。砂浜には、足跡が二つくっきりと残る。ざざーんと波が押し寄せてると、その足跡を濡らして攫ってゆく。さんさんと照りつける太陽の光が水面に反射してキラキラと光る。磨き上げたように青い海がどこまでも広がっていた。
「んー、風が気持ちいいねぇ」
栞里の声がクリアに響く。
俺より少し先で海を眺めながら空へ両手を広げる。
スローモーションのように、時間はゆっくりと流れた。空気も、匂いも、この世界もまるで現実離れしているように幻想的だ。
「ねぇ幹太くん。私たちもっと早くに出会っていたら何か変わったかな。今とは違う人生送ることができたかなぁ」
なんの脈絡もなく、栞里が俺に尋ねるように言った。
「えっ……?」
あまりにも突然のことで目を白黒させたままぽかんと固まる。
「私ね、今とは違う人生を送ってみたいって思ったこと何度もあったんだ」
すると栞里は、糸を手繰るようにポツリポツリと紡いでいく。
「小学生とか中学生とか。人生には分岐点っていうものがいくつもあるでしょ? そのたびにね、変わりたい、違う人生送ってみたい。そんなふうに思ってたの。自分の人生がうまくいってなかったからかなぁ」
そう言ったあと、苦い笑みを浮かべた。