「ちゃんとしっかりしてます。自分のことなんか後回しにしちゃうくらい優しくて、温かい人で……私も何度も助けられましたよ」

 そう言うと、大人びた表情を浮かべて笑う。

「今では二人乗りして坂を下っちゃうくらい、私と幹太くん仲良しですよ!」

 それを聞いた母さんは「あらあらあらぁ」口元に手を当てて、ちら、と俺を見て笑う。まるでからかわれている気分になり、恥ずかしくなった。

「ちょ…もう、いいでしょ」

 さすがにこの空気に耐えられなくなった俺は頭を掻いて椅子から立ち上がり窓際に避難する。
 窓から入る風は、柔らかくて心地よかった。

「栞里ちゃんがここに来てるなら私のこと聞いてると思うけど──」母さんの言葉に意識だけを向けながら、視線は窓の外を向く。

「私、病気なの。それも末期のガン」

 不意に告げられる言葉に驚いて、身体ごと母さんに向ける。

「進行が結構早くてね……前の病院で治療をしたんだけど完治はしなかったの。その治療も何回もできるわけじゃないみたいでね」

 あまりにも突然すぎる病気の話題に俺は気が気じゃなくて、母さんと栞里を交互に見つめた。心臓が早鐘となって胸を突き続ける。

「薬で痛みをとったり進行を遅らせたりすることは可能なんだけど、完治するわけじゃないってお医者さんは言ったわ。それを言われたときは私もすごくショックだったの」

 俺も詳しくは知らない。ただ、完治はしないということだけを父さんに聞かされていた。

「だけどね、落ち込んでばかりで残された時間を過ごすのはもったいないじゃない? そう思ったらね、好きな景色が見える病院に移りたい。そう思って家族に相談したわ。そうしたらお父さんも幹太もいいよって言ってくれてね」

 母さんは病気になってから落ち込むことも増えたけれど、俺の前では決して泣かなかった。
 俺の記憶の中にいる母さんはいつでも笑顔で、そして前向きな芯の強い人だった。

「幹太は、十七年間慣れ親しんだ東京を離れていきなり知らない土地に引っ越して……幹太にはすごく申し訳ないことをしたと思ってる」

 また俺のせいで母さんは罪悪感を抱えている。それがすごく嫌で「母さん!」止めに入るけれど、「ちゃんと話をさせて」そう言われて俺は言葉をなくす。

 弱々しい声なのにどこか芯のある声。