それから数日後。学校が休みの日、栞里と出会ったあのバス停留所で待ち合わせをして二人で初めてそのバスへ乗った。
誰も乗っていないバスに俺と栞里の二人だけ、一番後ろは特等席。開けた窓からふわりと風が入り込み、栞里の髪を攫う。透き通るような可憐な可愛さに人目をひく。それほどまでに栞里は美しかった。この世界の人物じゃないと思うほどに。
「あら、幹太」
病室の引き戸を開けると、母さんが俺に気づいた。俺のあとに栞里が続く。
「あらまあ。もしかして幹太の……?」
目を白黒させて大きく見開いた。
母さんには、栞里が俺の好きな人だと知ってても本人には内緒にしてほしい、とメッセージを送っていた。もちろんそれに承諾してくれた。
だけど、それを忘れて母さんの口から〝俺の特別な人〟という言葉が出てしまわないかそわそわして、落ち着かなくなる。
「うん、友達!」
やや強めに〝友達〟を強調した。
いつもは俺か父さんのどちらかだけしか面会に訪れないから飽きていたのかもしれない。栞里を見た瞬間、母さんは元気を取り戻したように微笑んだ。
「はじめまして、栞里です」
俺の隣へ並ぶと、自己紹介を始める。バスで待ち合わせする頃にはすでに彼女は、お見舞いの花を、と言って持って来ていた。それを母さんへ渡すと、「あらまあ綺麗だわ、ありがとう」そう言って花の匂いを嗅いで目を細めて微笑んだ。
「幹太、これお願いしていいかしら」
「うん、いいよ」
母さんから花を受け取ると置きっぱなしの花瓶を持って病室の端に設置されている洗面台に向かう。
「あっ、じゃあ私窓開けますね!」
そう言うと、窓の方へ駆ける。カチャっと鍵を開けてスライドさせる。ふわり、風が入り込み白いカーテンを揺らした。
「今日はすごくいい風吹いてますね!」
「ええ、そうね。ほんと気持ちがいいわ」
「海もすごく見えますよ! 私、この町の海すごく好きなんです!」
「あらそうなの? 私もね、この町の海が好きでこっちへ引っ越して来たの」
母さんと栞里が話している姿を見て違和感を覚える。
「幹太とはどうやって出会ったの?」
不意に母さんが尋ねるから、慌てた俺は振り向いた。
「ちょ、母さん……!」
「なあに、幹太。ちょっとくらいいいじゃない」
母さんがあどけない表情で笑った。それに続き栞里まで笑う。俺だけがそわそわして落ち着かない。