「……ほんとに?」

 雷に打たれたような、呆気にとられた不思議な顔を浮かべる。

「さっきからそう言ってるよ」
「だ、だって、まさか承諾してもらえるとは思ってなくて……」

 ふつう異性の友人の親に会ってくれと言われていいよと答える人の方が少ないはずだ。この手の模範解答は、えーやだ! 無理むり!と答えるのが妥当だろう。

「幹太くんのお母さんだからこそだよ!」

 告げられた言葉に困惑して、え、と声を漏らす。まるで狐につままれたような顔でぽかんとする。

「幹太くんがすごく優しい子だから会ってもいいかなって思えるの!」

 処理中にエラーが出て俺の頭はうまく読み込めなかった。代わりに赤いランプが点滅する。

「幹太くんは優しいの。その幹太くんを育てたのはお母さん。だからきっと、お母さんが優しい人なんだろうなぁって思ったら会ってみたくなっちゃって」

 そう言って口元に弧を描くから、その表情を見て俺は胸が熱くなった。

 俺が誰かに母さんのことを話したのはこれが初めてだ。
 どうせ打ち明けたってみんなが困るだけだ。病気なんて聞いて誰が嬉しがるんだ。眉を下げて困った表情を浮かべるだけだろう。
 だから、当然言えなかった。誰にも。

 ──それなのにずっと言えなかった秘密を、どうして栞里はこんなにもすんなりと受け止めてくれるのか。

 もちろん最初は栞里も戸惑っていた。なんて言葉をかければいいか迷っていたし戸惑っていた。だけどそれは、最初の一瞬だけであとは全部優しかった。全部優しい言葉だった。

「……好きな人はいいの? 親に会ったなんて知られたらその人、勘違いしちゃうかもしれないよ」

 込み上げてくる感情をぐっと堪える。

「なに言ってるの幹太くん。それとこれは話がべつだよ」
「いや、でも……」
「大丈夫だから心配しないで」
「だけど……」

 俺は顔を下げた。合わせる顔がなかったから。

 ──ザッ、と短い何かがすれる音が聞こえたあと「幹太くん」栞里の優しい穏やかな声がポツリと落ちる。

 水面に一滴の水が落ちて波打つように、俺の心は栞里の声に引きつられるように顔をあげる。
 栞里はブランコから降りて俺の目の前に立っていた。ぶつかった視線さえも優しくて、その綺麗な瞳に吸い込まれそうになる。

「私がいいって言ってるの。大丈夫って言ってるの。だから、幹太くんが心配する必要はどこにもないんだよ」

 俺の手を握りしめて、花が咲いたように笑った。
 強くて、だけど優しい手のひら。

「だからさ、お母さんの願いをちゃんと叶えてあげよう?」

 温かくて優しくて、そこから伝わる鼓動が手のひらを伝って流れてくる。

「……ありがとう、栞里」

 ぐっと涙を堪えるように下唇を噛んだ。

 好きな人の前では泣きたくない。弱いやつだと思われたくない。かっこ悪いところは見せたくない。
 それは全部、俺の強がりだった──。