「……幹太くんの、お母さん?」

 話の全貌が見えなくて、目を白黒させながら俺に尋ねる。

「母さんが最期の願いって言ったんです」

 あまり重たくならないように、あっさりと説明しよう。

「俺の母さん、病気なんです」

 口から溢れた言葉は、思っていたよりもふわふわと軽かった。

「──えっ……」

 だけど、突飛のない言葉に栞里は目を大きく見開いて固まった。「……病気」その言葉を飲み込めずに反芻して、目を落とす。

「病気であまり長くはないみたいで……はっきりと余命を聞いたことはないけど、本人は何となく分かってるのかなって感じで……」

 余命は聞いたことはない。が、父さんは恐らく知っているだろう。母さんも何となく察しているようだ。

「それでこの前友人の話になったんだ。栞里のこと話したら、だったら会ってみたいって言われて……あっ、でももちろん俺は無理だって言ったんだよ。予定だって合わないだろうし、いきなり親に会うなんておかしな話ないし…」

 母さんに〝最期〟だと言われても、それだけはどうしても頷いてあげることができなかった。

「いきなりこんな話してごめん。重荷背負わせてしまったよね」

 うまい言葉が見つからなくて「いや、えっと……」栞里さんは視線を右に左に動かしながら、必死に言葉を探しているようだった。

「断ってくれて構わないから……」

 ──いや、やっぱりこんなこと栞里にお願いするの間違ってる。

「やっぱり断ってほしい! いやっ、その前にこの話聞かなかったことにしてもらってもいいかな?! 俺からは無理だったって言っておくから……!」

 慌てたように言葉を取り繕う。

「──大丈夫だよ」
「だよね、わかった!」

 ……ほらみろ。やっぱり無理だったじゃないか。

「…………え?」

 頭の中が真っ白に抜け落ちるような衝撃が起こる。

 俺の耳がおかしくなったのかと目を白黒させたあと、もう一度栞里を見つめた。

「だから、大丈夫だよ」

 口元に弧を描いて笑った。

「……だ、大丈夫って……」
「幹太くんのお母さんに会ってくれってやつ」
「いや、あの……え?」
「だから大丈夫だって」
「………」

 頭がパンクして金魚のように口をパクパクさせる。ちょっと待って。一旦、俺の頭を整理しないと……

 〝幹太くんのお母さんに会ってくれってやつ大丈夫だよ〟