◇

  それからしばらく母さんの言葉が頭を離れなかった。
 ある日の放課後。

「幹太くん、ぼーっとしてるけどどうしたの?」

 なんの脈絡もなく告げられた言葉に、え、と困惑した声を漏らす。

「……俺、ぼーっとしてた?」
「うん。さっきからずっと空見上げてたよ」

 無意識のうちに俺はブランコで黄昏ていたみたいだ。

「鳥でも飛んでたのかな」

 羽根を広げて自由に空を飛ぶ鳥を羨ましいと思っていたのだろうか。

「幹太くん、鳥なんて飛んでないよ」

 事実を告げる栞里に「え、あっ…」言葉を詰まらせたあと、空を見上げるとたしかに鳥は飛んでいなかった。一匹も。

「何か考え事でもしてたからあんなにぼーっとしてたんじゃない?」
「いや、それは……」

 ざわざわと胸騒ぎが起こり、急速に口の中は乾いていく。
 言葉に詰まって黙り込む俺に「あのね」重たい口を開いた栞里。

「幹太くんが何かを考えてるのは前から気づいてたんだけど……触れていいのか分からなくて今まで聞くことはできなかったの」

 突然、違う方向から現れる矢は的確に的をついてきて、胸がどきりと音を立てる。

「でもね、幹太くんが辛そうな顔をするときがあって……もう見ていられなくなっちゃって……私じゃ幹太くんの力になってあげられないのかな」

 いつもひまわりのように笑っていた栞里が、今はとても悲しそうに眉尻を下げてか細い声で告げる。
 わずかに揺れる瞳とぶつかって、「あー…えっと…」俺は目を逸らす。

「それとも私、頼りない?」
「そういうわけ…じゃ、ないけど…」

 母さんの話を栞里にしたってきっと重荷を背負わせてしまうだけだ。これは俺の胸だけに閉まっている方がいいに決まってる。

「一人よりも二人って……二人でつらいこと分かち合った方が幹太くんの心も少しは楽にならないかな……?」

 栞里の優しい音色を奏でるような声に、心がほだされる。

「……俺の話、聞いてもらってもいい?」

 厳重に鍵をしていた深層の奥深くにあるものがぽつりぽつりと紐解かれていく。
 一瞬だけ目を白黒させたあと、ゆっくりと首を縦に振った。

 張り詰める空気に緊張してのどがカラカラするような切迫する焦りが俺を襲う。
 だけど、話すって決めたんだ。俺は、すーはーと呼吸を整えてお腹の真ん中に力を込める。

「俺の母さんが、栞里に会いたいって言ったんだ」

 突然の言葉にキョトンとした表情を浮かべ、しばらく固まる。頭の上にはスマホの丸いクルクルが回っている。処理に時間がかかっているらしい。