「ふつうっていってもね、運命の人に出会える人なんてそう多くはないのよ。よくビビッときた!なんて言うけどみんながみんな運命の人と出会えるとは限らないの。だからね、幹太がその子と出会えたのは奇跡に近いことなのよ」

 〝運命の人〟〝奇跡〟とかって、現実味がない気がするけれど、栞里も似たようなこと言っていた気がする。

「幹太はその子のこと、ちゃんと心から好きになったんでしょう?」

 穏やかな表情を浮かべていた。

 まるで俺の心を悟ったかのように。もしかすると、どこかの物陰でひっそり俺たちの会話を聞いていたのかもしれない──なんてそんなふうに思ってしまう。

「……それはまぁ」

 〝好き〟の代わりの最大限の譲歩。

「だったら幹太にとってその子は運命の子なのかもしれないわね」

 この町に来なければ、きっと考えなんて変わらないでずっと世界を憎んでたし恨んでた。どうして俺の人生はこうなんだろうと。不公平な世の中に何の期待もしなかった。
 運命とか奇跡とか全く信じていなかったけれど、この町にきてその考えは変わった。

「どうかなぁ……」

 俺と栞里は、偶然出会えた。あの道が帰り道だったからバス停にいたのが栞里だったから。この二つが重ならない限り、俺たちが出会うのはゼロに近かった。
 きっと今頃出会えていないかもしれない。お互いの存在を知らぬまま、この町で過ごしていたかもしれない。

「ねえ幹太。お母さんその子に会ってみたいわ」

 なんの前触れもなく落ちてきた言葉。まるで雷に打たれたかのような衝撃が頭の中を走る。

「なに、言って……」

 ようやく口を開けたが、そのあとの言葉が続かずに金魚のように口をパクパクする。

「幹太がここまで変われたのはその子のおかげなんでしょう? お母さんなんとなくだけどね、そう思うのよ。幹太が初めて好きになった子はどんな子なのか最期にこの目で見てみたいの」

 口元に弧を描いて、穏やかな表情で笑った。

 まくし立てられる言葉の半分も頭に入らなかった代わりに、最後の言葉に引っかかる。

「最期って母さん……!」

 俺が少しだけ声を荒げる。

「あら、ごめんなさい。今のはつい癖で」

 まるで自分の寿命を悟っているかのような口ぶりに、俺はいつも罪悪感を募らせる。
 母さんは長生きしたくないのかなとか、俺のせいなのかとか頭を巡らせて不安だけが先走る。

「でもね、ほんとに見てみたいの」

 栞里をここへ連れて来るなんて不可能だ。俺が一方的に好きなだけで、栞里には好きな人がいる。

「それは……」

 何も言えなかった。

「無理言ってごめんなさいね。幹太、今のは忘れてちょうだい」

 代わりに母さんは諦めて、苦い笑みを浮かべる。

 それからは何事もなかったかのように時間だけが過ぎて行ったんだ──。