どうやらよほど俺が何も話してくれなかったのを自分の責任だと思っていたらしい。悪いことしちゃったなと今になって後悔する。

「でも、今日こうしてお友達の話が幹太の口から聞けてよかったわ」

 母さんは、笑った。優しくて穏やかな笑顔で。

「私にお友達のこと話してくれてありがとう。お母さんすごく安心した」

 まだ俺を子どもだと思って諭すような母さんの口調に少しだけ照れくさくて落ち着かなくなる。

 友達なんていつぶりだろう。もちろん前の学校にも友人と呼べる人はいたけれど、あくまでもそれはその場だけの限り。休みの日に何をしていたとか何が好きだとか、そういうのは詳しく知らない。お互い深くは話し合ったことなかったから。

「だけど、一つだけ心残りだわ」

 そう言って頬に手を添えて、どうしましょう、と悩みだす。

「母さん、どうしたの?」

 まだ俺は母さんに心配をかけているのだろうか。

「幹太は今、好きな子いないの?」

 突飛なことを告げられて、まるで狐につままれたようにきょとんとした表情を浮かべた。

 〝……好きな子いないの〟?

 驚きすぎて危うく口から心臓が飛び出るかと思った。

「……なに、言ってるの」

 ようやく意識を取り戻した俺は、笑い飛ばす。

「なにって好きな子よ。いないの?」
「い…ないよ、いるわけない」

 動揺しているせいで口の中は急速に乾いて舌がうまく回らない。

「幹太、お母さんのことは騙せないわよ」

 俺の顔を真っ直ぐ見据えてそう言ったあと、ふふふと口元を緩めて笑ったのだ。

 どうやら母さんは気づいているらしい。俺に好きな人がいるのだと。女の勘ってやつなのだろうか……?

「それでどんな子なの?」
「いやだからいないって!」
「もう嘘だと気付いているのよ」
「嘘じゃ、ないって……!」

 しばらく攻防を繰り返したけれど、先に白旗を上げたのは俺だ。「……分かった、言うよ」母さんから逃げることは不可能だと観念して仕方なく俺は諦めることにした。

「……バス停であった子」
「あら、バス停で? 学校の子かしら?」
「いや……大学生だって」

 どうせ嘘をついたって全部バレる気がしてならなかったから、一つ一つ白状してゆく。が、母親とこんな話をすることになるなんて正直恥ずかしくてたまらなかった俺は、居心地が悪くなる。

「あらあらあらぁ、大学生? まあ素敵な出会いだったのねえ」
「いや、べつにふつうだったと思うけど…」

 素敵な出会い、というにはいまいち欠けている。なぜなら俺たちが出会ったのはバス停留所だったから。
 きっと東京にいたらこんなことありえない。東京は人が多い。みんながみんないい人とは限らない。