今日の放課後は制服のまま病院へ向かった。
 いつもなら家に一度帰るけど、写真をもらった俺はすごく気分がよくて自転車を漕ぎたい気分だった。

「あら、幹太。今日は制服なのね」

 母さんは口元を緩めて微笑んだ。

 東京にいた頃は、中学のときも高校のときもずっとブレザーだった。だけどこの学校は学ランらしい。まだ袖を通していない学ランが家に新品のままハンガーにかけられている。

「学校からそのまま来たんだ。なんか風を切りたくなって」

 この前栞里と二人乗りで下ったあの坂を越えたら病院があることを今日知った。思っていたよりも遠くなかった。
 もちろんあの坂を登り切るまですごくきつくて、途中めげそうになったけれど。

「え、風を切る?」

 狐につままれたようにきょとんとした顔を浮かべたあと、「幹太ってばおかしな子ねぇ」とクスッと笑われる。

 たしかに今の言葉はおかしかったかもしれない。

「自転車って意外と便利なんだよね。あれがあればどこにでも行けるよ」
「あら、そうなの?」

 今までなら電車を五分待てば次々とホームへ滑り込んで来る。長々と時間を潰す暇だっていらない。東京の方がずっとずっと便利で生活に困らないと思っていた。
 だけど、それは俺の身勝手な思い込みだった。

「公園とか展望台とか海とか、自転車があればすいすい行けるし、なにより風を切ることがこんなに気持ちいいんだって久しぶりに思い出した気がする」

 風を切ったことによって、埋もれていた古い記憶が次々と溢れてくる。記憶の中の俺は笑っていた。

「あら、いろんなところに行って来たのね。お友達とかしら?」

 栞里は、友人と呼べるかわからない。俺が特別な感情を抱いているからだ。だけど、学校帰りに海に行ったりいろんな話をしたりするのを友人と言わずなんと呼ぶんだろう。

「うん、友達と」

 だから俺は、躊躇いなく答えた。
 異性ではあるけれど、間違いなく俺と栞里は友人関係だ。「そう」微笑んだ母さんは、すごく嬉しそうだった。
 俺まで嬉しくなって、口元が緩む。

「ねぇ、幹太。その子の写真はないの?」
「え、写真……」

 栞里の写真はない……が、かばんの中に休み時間に国崎からもらったあの写真が入っていた。

 それを幸運と呼ぶのか不運と呼ぶのか。

「えっと……これ、一緒に景色見た友達じゃないけど…」
「あら、じゃあお友達二人もいるのね」
「あー…うん、まぁ…」

 かばんの中から取り出した写真を母さんに渡すと、「あらまあ」と言って口元を緩めた。

「とても仲良さそうね。幹太もすごくいい表情。お母さん久しぶりに幹太の笑顔見たわ」
「……そうだっけ」