「なぁなぁ、海水飲んでみねえ?」

 不意に亮介がアホな提案を持ちかける。

 海水を飲んだらどうなるか、なんて容易に想像できた俺は返事をしない。国崎は「やるやる!」かなり乗り気だ。この町の高校生はどういう思考をしているんだと呆れかける。「せーので飲もうね!」そう言った国崎におう、と頷いた亮介。

「せーの──」

 同時にすくい上げた海水に口をつける。

「かっれー!」
「しょっぱぁい!」

 顔を歪めたあと、ゲラゲラ笑った二人。

 海水は塩水だ。からくて当然だし、しょっぱくて当たり前。そんなことを知りながらくだらないことを挑戦するなんて、こいつら根っからのアホなんだ。

「楽しいねえ!」

 突然、国崎が水平線の向こうを見つめながら声を張り上げた。

「ああ、すっごい楽しい!」

 それに続けるように亮介が言った。

 この流れできたら間違いなく俺に回ってくる。嫌な予感を察知した俺は、隣へ顔を向けた。

 ──ああほら、やっぱり。期待の眼差しが二つ俺の方を見つめていた。

「俺、やんないから」

 ふいっと顔を逸らすと、ノリ悪いなぁ、二人してブーブー文句をつく。

 ザザーン。波が押し寄せて、穏やかな波が膝を押す。水平線の向こうから吹く潮風が鼻先をかすめる。

 ──『ねえ、きみ一人?』
 ──『どうしたの? 大丈夫?』

 波の音と匂いと共に、幼い声が頭の中に響く。

 ……俺は誰に声をかけてるんだ?

「──た! 幹太!」

 ぽんっと肩に落ちる重みにハッとすると、亮介が俺を心配そうに見つめていた。

「今ぼーっとしてたけど大丈夫か? この暑さでやられたか?」

 亮介の声に国崎が気づくと「─あっ!」彼女が突然声をあげる。

「私、オレンジジュース持ってるけどいる?」
「いや、なんでこんなときにオレンジジュースなんだよ。かえってのど乾くだろ」
「私が飲もうと思って買ってたの! べつに亮介が飲むわけじゃないんだからいいじゃん」

 オレンジジュース……たしかに、逆にのどが乾きそうだと、ふっと広角を上げたときには頭の中は空っぽだった。

「悪い、大丈夫だから」
「ほんとか?」
「私のオレンジジュースだって気にしてない? 飲んでもいいんだよ」

 きっとこの暑さのせいで頭が少しおかしくなったのかもしれない。さっきのは多分、蜃気楼みたいなものだろう。