海はどこまでも青く、磨きあげたようにキラキラと水面は光る。ときおり、大きな波が押し寄せて水滴がスローモーションのように落ちる。水面を撫でて潮風が流れてくる。

「ここね、好きな人と出会った場所なの」

 風のように突然流れてきた言葉に、頭を殴られたような衝撃が全身を貫く。
 新情報に頭が追いつかなかった俺はしばらく思考が停止する。

「出会ったのはもうかなり前のことなんだけどね」

 栞里は記憶を手繰り寄せながら言葉を紡ぐ。

 えっと、今なんて……

 〝好きな人と出会った場所〟?

「──と言ってもね、私の片想いなんだけど」

 両手で頬を覆いながら恥ずかしそうに、えへへ、と笑った。

 そこまで栞里の顔が緩まるのは、初めて見た。史上最強に幸せそうな顔を浮かべていた。
 こんな顔をさせるのは、どこのどいつなんだ……! あーもう、悔しくてたまらない!

 もくもくと嫉妬の色が濃くみなぎる。

「……片想いって切なくない?」

 俺の口から思わず本音がぽつりとこぼれ落ちた言葉を聞いて栞里の視線がこちらへ向いた。
 さっきまで花のように笑顔が咲いていたのに、少しだけ顔色が曇る。

「私は片想いでも十分だけど、かんちゃんはそうじゃないの?」

 初めの頃は、片想いだけでも十分だと思った。だけど栞里と深く関わるうちに、恋が楽しいだけのものではないと知った。

「……どうなんだろう」

 栞里のように片想いでも十分だと断言できなくて、奥歯に物が挟まったような言い方しかできなくなる。

 見えない相手にやきもきして、嫉妬と切なさが色の違う絵の具みたいに混じり合う。

「好きな子と話したり目が合うだけで嬉しいなって思わない?」
「そりゃ思うけど……それよりも複雑な気持ちの方が大きいというか」

 栞里とこうして過ごせることは嬉しいと思うし、幸福感に満たされるのも事実だ。
 だけど、次の日がくればまたただの友人に成り下がる。いつまで経っても永遠に友人からレベルアップすることは不可能だ。

「かんちゃん好きな子とうまくいってないの?」

 不意をついたように予想もしていないところから矢が飛んできて、困惑する。

「さあ……どうなんだろう」

 愛しさと悲しさで胸が張り裂けそうになる。

 どれだけあだ名で呼んで距離が近づこうとも、現実の距離が近づくことはないのだ。
 だから、俺と栞里の関係が変化することもない。