それから二人で向かった場所は海岸だった。
 見渡すかぎり海はどこまでも青く、空から注がれる光が水面をキラキラと照らす。水平線の向こう側は空と繋がっているような錯覚まで起こしそうになる。

「うわー、すげ……」

 思わず食い入るように海を見つめた。

 東京にいた頃は、海なんか一度も見たことがなかった。元々東京自体に自然が少ないため触れ合う機会はあまりない──という方が正しいだろう。

「幹太くんここへ引っ越してまだ海来たことなかったの?」
「あ、うーん、まぁ……」

 咄嗟に俺は言葉を濁した。

 この町に来る前から海があることは知っていた。母さんがこの町の海が好きだと言って引っ越して来たからだ。

「もったいないなぁ。それ、人生の半分も損してるよ!」
「そんな大袈裟な……」
「だって、こんなに綺麗な海だよ。花火と同様、観光客にこの海も人気なんだからね!」

 そう言うと、嬉しそうに顔を輝かせ息を弾ませる。

 栞里はこの町の案内人みたいだ。何かあれば、〝観光客に人気〟だと言葉をすぐに持ち出す。

「ほら、見てよあれ!」

 目の前の海に向かって指をさす。誘導されるように俺の顔もそちらへ向ける。

「陽の光を水面が反射してキラキラ光ってるでしょ。昼間だったらもっとすごいんだよ! それにね、わざわざこの町にサーフィンしに来る人だっているんだからね!」

 浮き浮きして、顔の皮膚がしっとりと輝き出す。

 サーフィンのためにこの町に来るなんてすごいなぁ……ああでも、どこかでちらっと聞いたことがある。サーフィンが好きな人は、波が良い日を知ってるとか、海がある場所へ遠くてもやって来るとか。

「……わざわざこの町に?」
「そうだよ。サーフィンの人曰く、この町の波はいつ来ても乗りやすいんだって!」

 喜びをまぶたに浮かべていた。

「へぇ、そうなんだ」

 〝サーフィンの人曰く〟ということは、直々に尋ねたってことか。栞里ってほんとに勇気あるよなぁ……

 俺と栞里が出会ったときだって声をかけてきたのは、彼女の方だった。
 栞里の帽子が飛んで来たから俺は拾ったけれど、あのときの俺はまだこの町に馴染めていなくて孤独だった。つい最近の出来事なのに、もう一年も前のように錯覚してしまう。