「……え、あだ名?」
「そうだよ。私がかんちゃんって呼ぶんだから、かんちゃんも私のことあだ名で呼んでくれないと!」
「栞里…じゃダメなの?」
「それじゃあおもしろくないもん!」
背後であーでもないこーでもないと一人勝手に騒ぎ立てたあと「幹太くんがかんちゃんだからぁ……」とぶつぶつ独り言を漏らす。
その間も、ずっとお腹に回っている腕に意識が注がれる。冷静ではいられない。
「──そうだ! 私のことしおりんって呼んでよ!」
突然、ひょっこり横から顔を出して花が咲いたように笑う。
「……は? いや、え……?」
「栞里だからしおりん。ね、ぴったりじゃない?」
「いや、えっと、うん……」
この距離と互いに感じる体温と息遣いと、照りつける陽射しと穏やかな風が俺の頭を狂わせる。
「ねえっ、いいでしょ? しおりんって呼んでよ。ね! お願い…!」
つい二十分ほど前に公園で『一生のお願い!』を使っていたことを思い出す。
「お願いは一度じゃなかったの?」
「一生のお願いにここまでセットで付いてるの!」
「……なに、そのお得感」
思わず吹き出して笑った。
「お得でいいでしょ! この町のおばちゃんたちもね、お得なの大好きなの。夕方になるとね、商店街のコロッケは十円安くなるし、スーパーに売ってるお惣菜も夕方は十パーセント割引なんだよ。すごいでしょ?」
俺が笑ったことで気をよくしたのか彼女は、機関銃のようにしゃべりだす。俺でも知らないこの町の〝お得〟なことを教えてくれる。
「しおりん……たまにおばちゃんみたいなテンションになるね」
乾いた口を必死に動かして〝しおりん〟と呼ぶと「えっ!」声を大にした。お腹に回っていた腕にぎゅっと力が入る。
そのせいで俺の胸は早鐘を打ちつける。
「かんちゃん呼んでくれたね!」
「まぁ……でも、絶対に今日だけだから」
羞恥心が胸いっぱいに広がって身体は熱くなる。
背後でふふっと笑う声が漏れた。
「なんだか、かんちゃんと同い年になった気分!」
「しおりん歳誤魔化してるんじゃない?」
「えー、ひどーい! じゃあ私、大学生に見えないってこと?」
「だって二人乗りして坂を下るなんて高校生まででしょ」
「そんな決まりはありませーん。それに私、高校生にだって見えるみたいだし全然平気!」