「……た、高槻幹太」
緊張で身体が金縛りのように動かなくなっていると、クスッと笑って「幹太くんね」と復唱する。まるで俺の名前を頭の中にインプットするかのように、言葉を紡いだ。
「私は、朝日栞里」
そして俺に手を差し出した。
「よろしくね、幹太くん」
差し出された手のひらと女の子を交互に見つめた。
これは間違いなく自己紹介のあとの握手だよな? 今どき握手なんかする? ふつうはしないよな。東京じゃまず見かけない。
「幹太くん?」
これ以上考えるのはよそう。とにかく今はこの場を収めなければ。腹を括れ、俺。
緊張に締め上げられて全身の筋肉がこわばり、手を動かしただけでも、音が鳴りそうなほど固まっていた。
「私のことは栞里って呼んで!」
ひまわりのように笑うと、俺の手を握りしめると、よろしくね、と思い切り振られる。華奢な姿からは想像できないほどに力は強かった。
「幹太くんの制服まだ新しくみえるけど一年生?」
「あ、ううん。最近こっちに引っ越して来たからそれでまだ多分新しく見えるんだと思う」
さきほどまでの緊張は少しだけほぐれて、のどの奥からは軽快に声が出る。
「あっ、だから初めて見かけたんだね! じゃあ転校生ってことだ」
〝転校生〟という響きにまだ慣れない俺は、頷くのが少し遅れて会話はみるみるうちに流れてゆく。
「どこから来たの?」
「東京だよ」
「えー、そうなんだ! まさかこんな田舎町に東京から転校生が来るなんて思ってなかったなぁ」
つい先日まで東京に住んでいた俺が、まさか高校一年の途中で田舎町に引っ越すなんて思っていなかった。だけど、ここへ引っ越すことを真っ先に納得したのは俺だった。母さんへの罪悪感があったからかもしれない。父さんに『母さんが海が見える町に住みたい』と相談されたとき、二つ返事で返したのを覚えている。
元々、高校もレベルを落として楽に過ごせるようにと選んだ場所だ。友人もそれなりにいたけれど、簡単に切り離せるようにある程度の距離をとっていたから。
だから、引っ越すことになっても寂しさはなかった。