そうしてたどり着いた上り坂の頂上で自転車の向きを変えると、ガードレールの外側には青い海がどこまでも続いていた。今日の潮の流れはのんびりしているように見えた。
 空は抜けるように青く、砂のように雲がさらさらと動く。穏やかな風が背中から吹いてくる。

「ここ下るんだよね……」
「思ったよりもすごく高いねぇ」

 何もない一本道。こんな見下ろすくらいの坂、東京で見たことなんかないし、自転車で下ったことすらない。人生で初めての体験に俺の心はどきどきと疾走する。ごくりと固唾を飲んだ。

「しっかり捕まってね」

 どのくらいのスピードが出るのか、俺にも予測不可能だ。
 その上、栞里は軽かった。ほんとに後ろにいるか心配になるほどに。少しの風でも飛んでしまいそうだ。

「う、うん…!」

 栞里の手が控えめに俺の脇腹あたりの裾を握った。撫でるような優しさに思わず、身を捩る。

「ちょ…掴むならちゃんと掴んで。くすぐったくて運転に支障が出る」
「で、でも、どこを持てば……」

 振り向けば、栞里はりんごのように真っ赤に顔を染めて固まっていた。その小さな熱が、俺にまで伝染する。

「落ちると危ないから腕回した方がいいよ」

 俺の胸は早鐘を打ち続ける。

 自分で言っててどきどきするってどういうことだよ。男子中学生じゃあるまいし。

「え、腕……? で、でも…」

 なかなか進まない会話の途中、照りつけるような日差しがアスファルトを灼熱にしてじりじりと足の裏に伝わる。おかげで額からは汗が滲んだ。これ以上待つと、滝のように汗が流れそうだ。

「じゃあしっかり捕まっててね!」

 いまだに小さく掴んだだけの栞里は、「えっ、幹太くん、待っ…」後ろで切羽詰まったような声が漏れる。俺は、片方の足でアスファルトを蹴った。
 その瞬間、栞里は重力に引き寄せられて「ぅわっ…!」声をあげながら、俺の背中へとぴったりとくっつく。あまりのスピードに驚いて、振り落とされないようにと栞里の腕がお腹へと回った。

 背骨のあたりにある温もりと鼓動の音に、加速するように俺の胸もどきどきする。ぴったりとくっつく距離に緊張して、背筋が伸びた。

「風…強いね…!」

 お腹あたりを強く抱きしめる栞里の細い腕に、いつもより近くから聞こえる声に全神経が集中する。

「そ、そうだね」

 緊張してのどがカラカラする。

 吹きつけてくる風に面と向かうと、少し突き刺すほどの痛みを感じる。びゅんびゅんと耳元で風を切る音は、けたたましく聞こえる。