差出人は、父さんからだった。『今日は早く帰って来れたから、父さんが見舞い行って来るよ』
──ああ、そういえば今日は大事な会議があるからって始発で行ってたっけ。で、父さんが病院に行けそうにないからって俺が行くつもりだったけど。
『分かった』と打ち込むと、画面をロックしてかばんの中に突っ込んだ。
「終わった?」
その一連の作業を全て見ていたのか俺に問いかける。
「あ、うん、ごめん」
「じゃあさっきの話の続き」
と言ってベンチを叩いた。
どうやらここに座ってという意味らしい。
「それで今からお話できる?」
スマホに連絡がなければ元々の予定を優先させるつもりだった。家から病院までの道のりを昨日必死に覚えたのに、必要なくなった。
「……少しだけなら」
俺が出した答えは、彼女の暇つぶし相手になることだった。
見ず知らずの初対面の女の子と話すことなんてまずない。都会でもしこんなことがあれば不審に思って断るだろう。
「ほんとに!?」
両手を嬉しそうに握り締めながら至近距離で俺を見つめる視線とぶつかった。瞬く間に俺の鼓動は驚くべき数値を叩き出す。
「う、うん、ほんとに……」
俺がそう答えると、手足が軽くなったように、ひとりではしゃぎ廻る女の子。
出会って数分で恋に落ちた。
なんてこと昔の俺が聞いたら何と思うだろうか。冗談だろって笑い飛ばすかな。それともバカだろって呆れるかな。
兎にも角にも、今の俺はまるで自分じゃないように思えてならない。
「じゃあこっち座って話そうよ!」
ベンチを数回叩いて急かすから仕方なく俺は端っこの方に腰を下ろす。俺の体重がかかったせいでベンチはみし、と軋んだ。
おいおい壊れたりしないよな……? 不安になりながら恐る恐る目線を落とすと、木のクズが落ちていたり、釘が見えていたり。どうやらこのベンチの耐久性は思ったよりもなさそうだ。
「名前、聞いてもいい?」
ベンチに気を取られていると耳に声が流れ込んできてハッとした俺は、慌てたように顔をあげる。
「な、なに?」
「きみの名前」
「え? ……あ、ああっ! 俺の名前……」
平らな水のおもてにいきなり石を投げられたように、心は波立ち騒いで落ち着かなくなった。