「……撮れたらね」

 こんなに嬉しそうな母さんを悲しませるわけにはいかなくて、とっさに俺は嘘をついた。
 悪い嘘はよくないが、良い嘘ならきっと神様も許してくれるだろう。

「こんなふうに幹太がまた学校のこと話してくれるようになるなんて思ってなかったから、お母さん嬉しいわぁ」

 絹糸のようにか細い声は、少しだけ震えていた。

「病気が見つかってから幹太は、学校のことも話さなくなってあまり笑わなくなった。それがすごく心配だったの」
「母さん……」
「お母さんはね、幹太が……あなたが心の底から楽しんでくれることが一番嬉しいのよ」

 そう言って母さんは泣きそうな嬉しそうな顔をして微笑んだ。

 俺が好きなことを辞めても楽しくない毎日を送っても母さんは喜ばないなんてこと知っていたはずだったのに。

「母さん、ごめん……」

 俺は、なんてバカなことをしていたんだろう。今になって気づくなんて遅すぎる。

「なに言ってるの、幹太。謝るのはお母さんの方よ。今まで幹太にたくさん我慢させちゃってごめんなさいね」

 目尻に小さな皺を刻んで、ほのかに笑いを含んだ。

 母さんの言葉に「ううん」首を横に振る。

「これからは幹太が幸せだと思える人生を送ってほしいわ。だから、今度お母さんに幹太が見た景色を見せてほしい」

 一つ、二つ糸が解けると、あとはもうあっという間だった。

「うん、分かった。約束する」

 残された時間はあとどれだけなのか分からないけれど、限られた時間の中で強烈に残る思い出を作りたい。

 今までは、〝幸せ〟になることから逃れていた。

 だけど、今度は〝幸せ〟になることを望みたい。

 自分のためにも、母さんのためにも──。