「いつから入ってたの?」
「最近だけど……」
部活に入部したことを説明するだけなのに、やけに緊張して急速に口の中が乾いてゆく。
「野球部に入ったの?」
母さんの問いに俺は、ゆっくりと横に首を振った。
「写真部なんだ。人数が足りなくて廃部寸前だから入ってくれって…仕方なくなんだけど…」
俺は、ずっと続けてきた野球を辞めた。自ら望んでそれを手放した。そんな俺が、今度は写真部だなんて笑うだろうか。呆れるだろうか。
「写真部なんてあるのね。いいじゃない」
だけど、母さんから紡がれた言葉は全くの別物だった。
「お母さんね、写真好きよ」
母さんは俺が生まれてから写真に収めて、それをアルバムとして残していた。それはもう一冊には収まらないほどに。
「やっぱり幹太にも写真好きが似たのかしら」
「そんなことないって…ただ廃部を免れるために入ってくれって頼まれて仕方なくだし」
そもそも俺は、思い出を残すのは苦手だ。写真だって自分で撮ったことはない。母さんに似たわけじゃない。名前を貸すと決めたのも国崎たちがしつこかったからだ。
「だけど部活に入ることを決めたのは、幹太自身なんでしょ」
「いや、まぁそうだけど……」
「幹太が決めたならそれでいいじゃない。誰も責めたりしないわ」
母さんは、俺が何かをして叱るような人ではなかった。俺が野球をやりたいと言い出したときも、否定など一切せずに『幹太がやりたいならやってみなさい』の一言で受け入れてくれた。とにかく母さんは優しかった。
「写真部、ほんとに楽しそうね」
今みたいに自分のことのように喜んでくれる。今も、昔もそうだった。なんで忘れてたんだろう。母さんのこんな嬉しそうな顔見たの久しぶりだ。
好きな野球を辞めて、母さんとの時間を増やしたつもりだった。つもりでいた。
だけど、母さんは俺が学校のことを話さなくなったことの方が寂しかったのかもしれない。
「幹太の撮った写真、いつかお母さんに見せてね」
名前を貸しただけだから部活をするわけじゃない。写真を撮ることだってないわけだけれど。