バス停留所の前でブレーキをかけると、キキー、という音に彼女は気づいて振り向いた。
「あ、早かったね」
俺の顔を見るなり、いたずらっ子のような表情で笑う。
「今日も大学?」
「ううん、今日はもう終わり。それでね、幹太くんもう学校終わるころかなぁって思って」
なんの脈絡もなく告げられた言葉に、狐につままれたような顔でぽかんと眺める。
「ここ幹太くんの帰り道なんでしょ? だから待ってたら必ず通るかなぁって待ってたんだ!」
予想外の言葉に俺の心臓は早鐘のように打つ。
……ああ、どうしよう。今どうしたって顔がにやけてしまう。浮き足立ったままどこかへ飛んでいきそうな心地よさに、思わず顔が緩む。
「ねえ幹太くん。今日、もしかしていいことあったの?」
「なんで?」
「だってすーっごくいいことあったって顔してるから!」
水を得た魚のように「こんなふうに」と両手の人差し指を口元に当てて口角をあげる。おそらく俺の真似をしているんだろう。
それを見て確信した。今の俺はどうやら気持ち悪いくらい笑っていたらしい。
──俺のことを待ってた、意味は限りなく違うけれど、俺のことを考えて待っていただけで死ぬほど嬉しかった。
「いいことなんかなかったよ。むしろその逆」
尽きることのない泉のように喜びが湧き上がってくるのを感じながら、対照的な言葉を口にする。
「部活に入ることになったんだ」
「えっ、部活? それってもしかして……」
俺とのこの前の会話を思い出して、少しだけ動揺してみせる栞里。
「うん、写真部」
あれだけ部活に入ることを頑なに拒んでいたのに、どういう風の吹き回しだろうと自分で呆れたのも事実だった。
「そっかぁ! 幹太くん、写真部に入ってくれたんだね!」
顔にパッと花が咲く。まるで子どもをあやすときのようになだめられるような感覚だ。
「いや、べつに栞里のためってわけじゃないし」
それが無性に恥ずかしくなって、子どもがすねたように横を向く。
そうしたら、「うん、分かってるよ」落ち着いた声で返事をするから、ますます俺は恥ずかしくなる。
動揺するのは俺だけで、栞里は凛とした振る舞いをしていた。それだけで歳の差二つを痛感させられる。
「だけど幹太くんが部活に入るなんて意外だったなぁ! この前なんて絶対に入ってやるもんか!って意気込みを感じたくらいだもん」
自信を持って断言するように、力を込めてはっきり言う。