自転車を停めている駐輪場に向かったあと、慣れない足取りで平坦な道を漕ぎ続けた。が、景色はいまだに変化がない。田んぼや小川。のどかな景色が続く。どこからともなく蝉の鳴き声が響く。

 中学一年まで野球をしていた俺は体力には自信があった。こんなの余裕だろうと思った。だけど引っ越す前までずっと電車通学だった俺にとってペダルを十五分以上も漕ぎ続けるのは至難の業だ。三年も部活をしていなければ当然体力は落ちる。自分でも気づかない間にうんと体力は衰えていた。

 ペダルを漕ぐのを止めてサドルから降りると、額から滲んだ汗をぐいと腕で拭った。自転車を押してどこまでも真っ直ぐと続いている平坦な道を歩いた。

 九月過ぎだというのにとてつもなく暑い。
周りが自然で囲まれているからだろうか。都会にいた頃とは体感温度が違う。
 ミーンミンミンミン、蝉の鳴き声がやけに近くに感じる。耳元で鳴いていないだろうか?

「あー、もうなんだよこれ……」

 いつになれば家にたどり着くんだよ。この暑さと終わりの見えない真っ直ぐ続く道が俺の感情を煽る。取り残されたように苛立っていた。

 ──ふわっ

 風が吹く。視界の先に真っ白い布のようなものが揺れた。そして、そこから何かが飛んでくる。

 手を伸ばしてそれをキャッチした瞬間、バランスを崩した自転車はがしゃんと音を立てて道へと横たわる。
 掴んだそれは、とても肌触りの良い麦わら帽子だった。

「──ごめんなさい! それ私の!」

 帽子が飛んできた方へ顔を向けると女の子が──川の水のように透き通った声──で、バス停のベンチに膝をついて俺に手をあげていた。

 今朝ここを通って来るときは景色なんか二の次だったからバス停があることにも気づきもしなかった。

「ほんとにありがとう。自転車、壊れてなかった?」

 真っ白いワンピースを着て肌は色白で背中まで伸びる黒髪は艶があって、それはもうとても可愛い子くて、ひまわりのように明るい女の子だった。
 ワンピースがふわりと揺れるたびに、それと反動するように僕の鼓動も跳ねた。