無理をして笑っているのだけは分かった。が、それを聞く言葉も勇気も今の俺にはなくて、立ち尽くしていた。
「早速で悪いんだけどこれ書いてくれないかな」
国崎の代わりに羽田が、ズボンのポケットから取り出したのはしわくちゃになっていた入部届だった。
「……は?」
ちょっと待て。俺が部活に入ると承諾したのはたった今だぞ……?
「なんでこれ持って……」
頭の中が白く溶け落ちるような衝撃が走る。
「今年に入ってから先生にもらってたんだ。一年が入学してきて、どうにかして写真部に入ってもらおうと思って……で、ずっとこの入部届は俺が持ったままだったんだよ」
口をぽかんと空けたまま固まる俺に羽田が告げる。
「だから、最初から何が何でも写真部に入れようとしてたわけじゃないから!」
「ほんとだよ。それもらったの今年の四月になってからだから」
二人して俺に言い訳がましく言葉を並べたあと「……信じてくれる?」国崎の絹糸のようにか細い声が漏れ、不安そうに揺らぐ瞳。
たしかに入部届には無数のしわが残っていた。紙も少し色褪せて見えた。どうやらその言葉に嘘はないらしい。
「だからね、高槻くん、」
「分かったよ」
俺の心に溜まっていた抵抗が霧のように薄れていく。
「これ、書けばいいんだろ」
羽田の手から入部届を引き抜くと、しわだらけで色褪せていたそれはもはやただの紙切れ同然にも思えた。が、彼らにとってこれはとても大事なものなのだろう。
「今度持ってくるから」
しわくちゃになった入部届を片手に教室に戻った俺。
母さんへの罪悪感から部活には入らないと決めていた俺が、こうもあっさり覆ってしまうなんて情けないと思った。
だけど、べつに名前を貸すだけだ。きっと母さんは許してくれる。
自分の心の変化に嬉しさを感じたが、同時に切なさと不安が同時に襲いかかった。
少しでも気を抜けば、俺は後悔の渦に引き込まれそうになる──。