〝この町、すごくいい町なの〟〝海もすごく綺麗なんだよ〟〝一樹くんにもこの町を好きになってもらえると嬉しいなぁ〟
──初対面のあの日、栞里がそんなこと言っていた。俺はまだ知らない。この町を知るほど理解できていない。
「ほんとに一度も部活に来ないけど」
「……え?」
「入部したあとにやっぱ辞めたいって言い出すかもしれないし」
俺は自分勝手で、わがままだ。小学生から中学一年の間ずっと野球をしていたけれど、辞めるときは淡白だった。あんなに汗水流した野球のユニフォームやジュースは、捨てた。
それだけ俺は物事をすぐに切り捨てることができる。
「……高槻…くん?」
目を白黒させたあと、しばらく黙り込む。驚いて何も言えなくなったのだろう。
「やならべつにいいけど」
何も言わない二人は俺を見続けるから、さすがにこの空気に耐えられなくなって言葉を取り消そうと思った矢先、ハッとした国崎が「それでいい!」慌てて叫ぶ。
「部活に来れないのは仕方ないよね、高槻くんにだって何か理由あるわけだし……うん。名前貸してくれるだけでも十分助かるし」
ぶつぶつと唱えるような声で、うわごとのように呟いて「……うん、そうしよう」首を何度も縦に振った。
「高槻くんの名前貸してください!」
突然頭を下げるものだから、周りの生徒はまたなんだなんだとざわついた。
最近では転校生というレッテルもようやく解けかけてきたというのに、今度は女を泣かせてるみたいな噂が立てば俺の印象は最悪になる。
……あー、もう面倒くさい…!
「名前でもなんでも貸すからとにかく頭上げろって!」
切羽詰まった俺の口から漏れた言葉に、顔をあげた国崎がぱあっと顔をほころばせる。
これでほんとによかったのだろうか。選択を間違っていないだろうか。途端に不安になった。
「高槻、ほんとにいいのか?」
「そう言ってんじゃん」
なかばヤケになりながら言葉を投げつける。
羽田が「マジがぁ」としみじみとホッとする。
「よかったぁ……!」
その傍らで、国崎の目尻には涙が浮かんでいた。俺はぎょっとして「ちょ、は?」と狼狽える。
ひそひそと声がしてあたりを見れば、女の子が泣いてるぞ、どうしたんだ、と俺へと注がれる視線は一気に増える。
「……ごめんね、何でもないの」
目尻に浮かんでいた涙を指先で拭うと、口元に弧を描く。